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「拡散」を意識する

論文の書き方について、ごく形式的なものでなく、

一歩踏み込んだ心得(こころえ)を語れるのは、

当人が徹底的に「書くこと」と向き合った者だけ

だろう。


とりわけ、具象的な部分だけでなく、抽象的な

命題にまできっちり言及できることが肝要なのだが、

後者に比重を置けている者は果たしてどれだけいる

ことか。


先に言ってしまえば、論文は、最初から「まとめ」

ようとしてはいけない。

実はこの点が最たる禁じ手で、あらかじめ囲いを

作ってしまうことで、思考も狭まり、論文は生命

を断たれる。


そうではなく、始まりは余裕を持って、テーマや

モチーフに縛られ過ぎず、関連する事項や隣接する

分野、さらには少し隔たった分野にまで視野を

広げよることが肝要だ。


この「拡散」の営みが、論文に必須のスケールを

生み出す。


書きなれていないと、いったん拡散して広げた

内容を「収斂」させるのは、正直困難ではある。

だが、繰り返していくうち、勘が生まれていくと

確約できる。


ただ調べました、まとめました、といった文章は、

せいぜいレポート止まりで、厳密には論文と 呼べない。

それでは、論文の最たる意義である「新規性」など

生まれるべくもない。


最終的に、多少まとまりが悪くても、大きな論理

矛盾がなければ、それで審査が不可になることは ありえないのといえる。 「怖いもの知らず」?の新人ならなおのこと、

作法は踏まえつつも大胆に行こう!

      佐々木勇気 八段 棋士の頭の中はどうなっているのか覗いてみたい…

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