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「日本」再発見?

少し前に読んだ建築関係の本で、最初に気になったのは、

「日本における“日本”の受容」という章のタイトルだった。


その後、本文を読んだところ、当該の章の核論は、想像した

内容とほぼ同じであり、日頃から感じていた問題を再考させ

られたのである。


ごくおおざっぱにいうと、近代の転換期に、われわれは、西洋

の生活様式を積極的に取り入れたが、それがもたらした文化的

断絶は、日本人に、「伝統」を語ることを困難にしたという

ことである。


たとえば、近代化と言えば、都市化の現象を切り離しては考え

られないが、いったん新しい形式を取り入れ、便利さを優先

する生活に慣れてからは、不便さに耐えてまで、固有のスタイル

を守る必然性があるとは感じられなくなってしまったのだ。


それが、当然のものとなってしまえば、歴史的経緯など忘れ

去っても、日々の生活は止むことなく営まれていく。


たとえば、国宝級の寺社仏閣は、客観的に造形がすぐれている

という以前に、「お墨付き」があるため、誰でも、これは名建築だ!

と満足し、鑑賞できる。

しかし、何が、どうすぐれているのか、事前に予備知識を持たず、

日本人が、それについてどれだけ語ることができるか?


現実に、この問題は、直視することを避けられてきただけで、

研究の世界にも大きく関わっている。

私自身、身につまされる問題だ。


上述した本の著者で、建築家である林和郎(はやしわろう)氏は、

2004年、ニューヨークのジャパン・ソサエティで開かれた

「現代日本建築における技術と伝統」という講演において、率直にも、

「日本の建築家は、日本建築について体系的な教育を受けていない。

西洋建築しか勉強していない。日本建築に関する授業はあるけれど」

と話し、その場にいた先輩から叱責されたという。


林氏が、生地を離れ、京都に移り住み、いわば伝統と対峙すること

を選んだのは、建築家としての必然だったと理解できる。


そういえば、電車内で見かけるJRのキャンペーン広告のテーマは、

「ディスカバー・ジャパン」(カタカナ語…)で、キャンペーンの副題は

「美しい日本と私」だそうだ。※


このキャンペーンが開始された1970年代は、まさに高度成長期で、

その前後には、オリンピック、大阪万博が開催されている。

物質的な潤沢は、「固有」を高らかに謳い上げさせた?


目を転じると、最近、You Tubeなどで、しばしば外国人が日本の魅力

を語る場面に出くわす(日本に限らず、ある国の人が別な国について語る、

という企画自体が多いのだろうが)。


皆さん、流暢な日本語を話すが、外国語を学ぶ理由は、人それぞれで

かまわないと思う。

しかし、ことばを学ぶことは文化を学ぶこと、という姿勢には、敬服

せざるをえない。


同時に、一抹(いちまつ)のコンプレックスをおぼえるのも、正直なところ

である。



※1968年、川端康成がノーベル文学賞を受賞した際の講演名が

「美しい日本の私」。1994年、同賞を受賞した大江健三郎の講演名

は「あいまいな日本の私」。




Vlog

「村雨辰剛の

和暮らし」より




 以前にも取り上げた庭師の村雨辰剛

 (むらさめたつまさ)さん。

 夏の旬である鮎(あゆ)を、炭火をおこし、

  焼いています。

 

 炭火どころか、ロースターでも、自分で

 魚を焼いたことのない私…

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