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「時」を知る

昨日のNHKオンラインニュースに、“スティーブ・ジョブズ in 京都”と

いう記事が載っていた。

その中で、食にまつわるエピソードが特に興味深い。


毎回指名されていたタクシー運転手が、いつもジョブズの訪れていた

そば屋とは趣きが異なるそば屋に、あえて連れて行ったところ、彼は、

店から出るやいなや「いつものそば屋に連れて行ってくれ!」と言った

そうだ。


彼は、そばをのりで巻いた「そば巻き」が好きだった。

その「のり」の味がよくなかったので、行きつけの店で「食べ直したい」

と希望したのである。


また、最後となった京都旅行で、老舗の寿司屋に行ったとき、注文は、

いわゆるおまかせの形で、ある希少な部位のまぐろの寿司を供されると、

急に無言となり、その後「ストップというまで、これだけを握ってほしい」

と告げた。


出すたびに、素早くたいらげる彼の食べっぷりは、店主に強烈な印象を

与えたらしい。

そして、タクシーに乗るなり「人生で初めてこんなにおいしい寿司を

食べた!」と、絶叫したという。


しかし、その前に店を出るとき、上機嫌の彼に、店主が、次回もまた

お願いしますとことばをかけると、「自分は、体調が悪いのでもう来られ

ないかもしれない」という答えが返ってきた。


そのとき、店主の娘のために書いてくれた色紙は、今も、店内に飾られ

ている。










禅宗に造詣が深く、自身を「曹洞禅」だと称した彼は、人生にただ一度

やってくる「時」を知っていたようだ。


先日も書いたが、己の国の文化を、かえって外国人のほうが理解している

ことに対するひけめを覚え…反省しきりである。

そして、われわれは、明日の自身の運命さえ知りえないが、高い経験値と

深い洞察力は、決定的な「時」を直観するのではないか、と思われた。










右がそば巻き(別名・そば寿司)。

幕末には、同品が京都に存在したという記録が

残っている。

これなら、「音」にまつわる問題も気にせず

済むし、上品ではある。

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