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  • 日本語空間

「自然」から教えられる

気がつけば4月も下旬になっている。

桜はとうに散ってしまったが、今はつつじが満開で、

昨日はジャスミンが咲き始めたのを見た。

どれもよその家の庭に咲く花々ながら、散歩の

途上、四季を通じ、目を楽しませてもらっている。


一つ気がかりなのは、今年はまだウグイスの鳴き声

を聞いていないことだ。

毎年、姿は見せずに美しい声を響かせているその鳥の

気配がしないことに気づき、不安になった。


ふとレイチェル・カーソン『沈黙の春』が連想される。


そういえば、コロナで産業が一時停止し、飛行機の便

も減少したころ、この近くで野生のタヌキやハクビシン

を何度か見かけて驚いた。

空気が確実によくなったのであろう。

しみいるように美しかった夕焼けの空をおぼえている。


その後、事務所の付近で建築ラッシュのように空き地

だった場所に民家が建ち、産業も再開されると、反比例

するように野生動物の姿を見かけなくなった。


コロナの打撃から、ひとびとが立ち直り、自由にお花見

などできるようになったのは、それ自体よいことかも

しれない。


しかし人間中心の世界では、人間が光の側に立てば、

影の側に追いやられる存在も出てくる。


事務所で保護した野良猫に会ったのも、コロナで対面

授業がオンラインに切り替わり、室内で過ごす時間が

増えたためだった。


毎日えさをもらいに来るようになり、母猫が姿を消した

後はほぼ事務所にいついてしまったのを放り出す? 

わけにもいかなくなり、ペット可の物件に引っ越した

のである。


それに野良猫でいる限り、猫嫌いの人などに捕獲され、

センターに送られたならば、「殺処分」の対象に

なってしまう。

だが、自然に在る猫の声がうるさいとか、辺りを汚す

とかいうのは、勝手にその自然を開拓し「都市化」

させた人間の言い分に過ぎないのではないか。


ことばを話さない存在と向き合う。

そうして、いつしか人間は万能などではないと思い

知らされた。


普段は、ことばを研ぎ澄まし仕事をおこなう己が、

そのようなノンバーバルコミュニケーションを通じ、

他では得られない経験を授かっていると感じる。

桜の季節に出会った子猫は3歳になりました…

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