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「舟を編む」
「舟を編む」は、三浦しをん原作の小説で、2012年に本屋大賞を受賞、
2013年に映画化され、日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀主演男優賞、
最優秀監督賞を受賞しました。
私は原作を読んでいませんが、大学院を修了し、出版社に入った馬締(まじめ)
が、15年の歳月をかけ完成させる辞書『大渡海(だいとかい)』は、近代に編纂
された『大言海(だいげんかい)』から想を得たと推測されます。
ちなみに、作者自身、大学時代に編集者を志望しており、作家になる前には、
出版社や本屋でアルバイトをした経験があるそうです。
外国人学生も、大学院生になると、業績を積む過程で、編集者と接する機会
が出てきます。
在学中に、自著を出版するのは、相当優秀な一握りの学生ですが、そこまで
いかずとも、学会等に投稿をおこなうと、編集委員会の人間(大学の教授が多い)
とコンタクトを取る機会が生じます。
査読をパスして、いざ学術誌に掲載が決まった後も、出版までにはいくつもの
工程があり、編集者と話し合いながら、不備がないか細かく確認していきます。
そもそも、修士論文、博士論文といった長大な学位論文を執筆する過程で、
「編集感覚」は身につくはずである、と経験からいえます 。
以前、ブログに書きましたが、私が最後に所属したゼミの先輩は、研究者には
ならず、学術系出版社の編集者になりました。
外国留学の経験もある優秀な人で、望めば大学で教えることもできたのに、
あえてその道を選んだことにはこだわりが感じられます。
少しことばを交わしただけですが、「書物への愛」が、一途に仕事へと
向かっているような人でした。
この映画をDVDでみたとき、飄々としたその人の風貌が、主人公に重なり、
胸が熱くなったものです。
どれほど優れた論文や、作品も、一人では出版できません。
「あとがき」で、著者が、「○○出版の○○さん」に感謝を申し上げる、と
書くのはそのためです。
ところで、“ふね”の表記には、“船”と“舟”があります。
嵐がきてもびくともしないようなオーダーメイドの大型船でなく、ささやか
ではあるけれど、どこまでも「手作り」の舟で、「ことばの海」を「漕ぎ渡る」
と見立てたのは、作者のセンスですね。