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「足る」を知る

昨日、以前お世話になった先生と、約2年ぶりに再会し、

近況の報告をした。


ここ2年ほど、特にコロナ発生以降、私にとって研究の主たる

ものは、ひとりでおこなう学術論文の執筆と投稿だった。

誰にも頼らず、自律的に書く行為には、難しさと同時に良い

意味での緊張感(気が抜けない)もある。


そうして、幸い結果は出せていたが、査読者(相手が誰かは

わからない)による文面でのコメントをもらい、成果物を

受け取り終了というパターンは、リズムが単調でもあるため、

新しく何かを始めたいと考えていたところだった。


これまで何度も書いてきたが、大学院で、自身と専門の

合う教員が見つからなかった私は、狭い研究の枠を越え、

学外にも話ができる師を探していた。


そのような経緯で、偶然知り合った先生は、いったん定年

退職をされた後、現在は、複数の大学で教鞭を取られている。


先生のご専門は、元々は経済だ。

元々は、というのは、経済に限らず学際的なアプローチで、

分野を横断し、さまざまなテーマを大胆に論じていらっしゃる

からである。


先生の精神的支柱は、キリスト教信仰で、私は、特定の宗教を

信仰していないものの、高校がキリスト教系だったこともあり、

何となく話がしやすい。


ただし、先生は、教会へ行くことや信仰を、無理に勧めることは

決してなさらない。


先日言及した夏目漱石の小説『坊ちゃん』の主人公のように、

気取りがまったくなく、ブルジョア的なものを嫌い、万人平等を

良しとする先生は、教会内で、牧師を「先生」と呼ぶことに抵抗が

あるそうだ。


何度か同じ話を伺ったので、よほど、心の中で耐えかねているの

かもしれない。

昨日も、その話の後、私の表情をうかがうように

「年がいがないかな? しきたりに合わせればいいだけのことかね」

とおっしゃるので、

「そんなことありません。こだわりを持たれるのは大切だと思います」

とお答えした。


大学に入るまで、宗教などとは無縁に暮らしてきた先生は、一人の

師に出会い、人生が大きく変わったそうだ。

しかし、その師=経済の先生は、いつも汚れたジーパンをはいていて、

先生曰く「最初、何か“うさんくさくて”さ」と。


だが、ある時、自宅に連れて行ってもらったら、都内に信じられない

ような広さの土地(先代の遺産)を持っていて、にもかかわらず質素な

生活を送っているので、驚かされたという。


早くにお父様を亡くされた先生は、アルバイトに明け暮れ「いつも

お腹を空かせていた」ので、そのジーパン先生の家で、ささやかな

食事を共にするのが楽しみになったらしい。


徐々につきあいが深くなっていく中、師の深く信仰するキリスト教に

関心を持ち始めた先生は、とうとう洗礼を受けるに至った。

そして、「足るを知る」ということを、身をもって教えてくれた師に

つき、大学院に進んだのである。


最初にお会いした時、先生が、「戦後、社会主義が輝いた時代があった

んだよ」と語っていたのを、今でも時々思い出す。

経済と宗教、救済、平等といったキーワードから、先生のご関心がよく

理解されたものだった。


昨日、私からの希望に対し、先生は「あなたは本をたくさん読むんだよね」

とおもむろにおっしゃると、来年出版予定の原稿の校正を依頼された。

私とは、分野が完全に重ならないからこそ、表現を直すのにとどまらず、

内容に対しても忌憚(きたん)のない意見がほしい、とおっしゃっていただいた

のは、どんなにかありがたいことだった。


この後調べ物があるので図書館へ行く、と、足早に去って行かれる

先生は、私が初めて拝見するブルージーンズ姿で、それがさりげなく

似合っていらっしゃった・・・!












   小春日和(こはるびより)が続く。

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