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ある日の図書館で

大学院に入ってから、学校の図書館以外で、地域の図書館を

平日訪れる機会があり、そこに人があふれていることに驚いた。


特に、社会科学関係の図書を置いてある4階には、定年退職者

とおぼしい高齢の男性がひしめいていて、独特な雰囲気に圧倒

された。

コロナ以降、一時期、図書館への出入りは禁止され、受付で 貸し出しのみおこなわれていたが、現在は、平時の状態に戻って いる。

だが、気づくと、4階の男性の「群れ」は、消えていたのである。

まったくいなくなったわけではないが、彼らの姿はまばらとなり、

人々の年齢や性別には、ばらつきがある状態になった。


ただし、検索をおこなうと、貸し出し中のことも珍しくないので、

あの男性たちは、自宅で読書にいそしんでいるのだろうか?

と想像したりする。

思うに、彼らは、1947年から1949年にかけ起こったベビーブーム

のさなかに生まれた「団塊(だんかい)の世代」なのかもしれない。

日本の人口ピラミッドのなかでも、飛びぬけて数が多く、何かに

取り組むときも「一斉(いっせい)」で、活力があると評される 世代である。


日本の大学進学率は、1970年代まで、男子の方がはるかに高く、

女子は1990年代に、男子を追い抜いた時期があったものの、

現在は、僅差になっている。


最近、ワーク・エンゲイジメントに関する本を読んでいたら、

昔は、多くの人にとって「労働」が、経済的糧を得るための「苦役

(くえき)」で、定年退職後は、趣味や娯楽に「興じる」という

ライフコースが一般的だったのを、これからは、仕事自体をよろこび

にすることこそ、個人と組織双方にとって良いことだ、という記述

啓蒙的でもある)に当たった。

それに鑑みれば、団塊の世代は、このように柔軟な思想が浸透する 以前、「会社人間」的に生きてきたのだろうから、定年退職後は、 もっとのんびり過ごしてよさそうなものなのだが… 現役社会人時代、使い切らなかったあり余るエネルギーを、生涯学習 に充てているのだとすれば、好ましい態度ともみなされる。


コロナが発生する直前のこと、図書館の4階には珍しい高齢の女性が、

スタッフに大きな声で質問しているのが聞こえてきた。

「あの、“哲学”を学びたいのですが、何の本から読んだらいいですか?

お勧めがあったら教えてください」。


よく見ると、白髪(はくはつ)を短く切りそろえた、パンツ姿の小柄な

方である。


そのときは、驚くと同時に、尊敬の念が自然に湧き上がった。

彼女も、長年、何かしらの仕事と真摯に向き合い、自由な時間ができた

今、あらたな情熱で学びをおこなおうとしているのか、と。


先日、図書館の4階を訪れると、「~で感動しました」と大きな声が

聞こえてきたので、そちらを見ると、見覚えのある女性が、本を読んだ

感想を、図書館のスタッフに語っていた。


読書は、独学の基であり、その気になれば「ひとりで」、「どこででも」、 「永続的に」おこなえる行為だ。 日本人も、こんなふうにエイジングとつきあえるなら、長い人生に対し

きっと希望が持てるだろう。


米田知子 『フロイトの眼鏡―ユングのテキストを見るⅡ』

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