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オリエンテーションで


大学院の修士課程に入学したてのとき、先生方が、オリエン

テーションで、寸劇(すんげき)のようなやりとりを見せて

くださいました。


いわゆる「タコつぼ」型の研究をしている先生 ――あくまでも

「役」です―― が、その研究の欠点に対する指摘を受け、反論

を試みます。

しかし、最後は、やはりそこから脱却しなければいけないと

気づく、というものです。


立派なようすの先生方が、わざとおどけたように演技をする

ので、私たちは、こらえきれずに声を上げて笑いました。


しかし、寸劇のあと、打って変わって真摯(しんし)な顔に

戻ったひとりの先生が、厳然と私たちに問うたのです。


「学際性を重要視していると、各専門の研究者と争ったとき

に、負けることもある。

『広い』パースペクティブを持つのは重要だが、ややもすると

専門性の部分で『浅い』ということになりかねない」。


「たとえば、法律の専門家と議論になったら、君たちはきっと

負けるだろう。

そのとき君たちはどうするのか?」


すぐに答えられる学生は、だれもいませんでした。


「相手の何十倍、何百倍も『努力』するんだよ。それしかない!」。

ぶっきらぼうでありながら、先生は、自分自身に言い聞かせて

いるようでもありました。


教室は、しーんと静まり返っていました。


「モノディシプリナリー」から「インターディシプリナリー」へ。

さらには「トランスディシプリナリー」といった研究上の姿勢

が存在します。


学際的研究は、各人が、主たるテーマに軸足を据えながら、

他分野にも広く目配りをし、超域的な展望をおこなうものです。

理想的かつ学問の基本的な考え方ともいえますが、学際性を

重要視すればするほどに、膨大な時間が要されます。


のちに、その先生自身が、一見華麗に見える活動の裏で、

泥臭(どろくさ)くさえある苛烈(かれつ)な努力をされて

いると知りました。


結局私は、基本的な部分でこの方法を信じ、続けていくこと

となりました。


しかし、タコつぼか学際か、といった論点を超えて、今も耳に

残っているのは、あの先生の

何十倍、何百倍、努力するしかない! ということばなのです。



















 長谷川潔『ジロスコープのある静物画』


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