- 日本語空間
ゲニウス・ロキ
「私はまたゲニウス・ロキを呼び覚まそうとしている
のかと思いました」。
忘れもしない、博士論文の口頭試問の際に副査から
かけられたことばである。
もともと旺盛な読書を思わせる豊かな語彙の持ち主で
あったその先生は、授業料減免や学振の申請等で
「一筆」をお願いすると、説得力のある端然とした
文章を書いてくれたものだった。
そのようにお世話にはなったが、親しみやすいとは
いえず、どこか近寄りがたく、時には皮肉な物言いを
することもある人物だった。
専門を同じくする教員が見つからず、仮においてもらって
いたゼミで、学生の人数も多かったため、こちらから
遠慮してあまり話しかけなかったのだが、わずかに会話
しただけにもかかわらず、後々まで印象的なことばを
発されたのである。
冒頭に書いたレトリックの利いたフレーズも、他の教員
ならあのような場でサラッと口にしたりはしないだろう。
その時は、博論で言及した地域を書き込んでいるという評価
かと思っていたが、最近読んだ建築関係の本により日本で
「ゲニウス・ロキ」という語が流行った時期があったと知った。
簡単な計算をしてみたら、それは、当該の先生がまさに
大学院生だった時期にあたる。
ゼミに置いてもらっていた時には、読書に関する話など
まったくしなかったが、この語に再び出会ったことで
自分自身の勉強不足を反省しつつ、本をむさぼるように
読む先生の姿を想像し、心が明るんだのである。
