• 日本語空間

ストイックな一面

ニューノーマルの生活が全般的に営まれ続けるなか、

大学院の入試形態にも、影響が出てきているようだ。


最近では、国立のようなレベルが高い大学院でも、

筆記試験に変え、口述試験で合否を判断するところが、

少なくなく見受けられる。


口頭で対するからといって、難易度が著しく下がった

わけではないが、精神的な負担の軽減を感じる受験者も

いるだろう。


その際、1次試験が書類選考、2次試験が口述試験と

いう流れになるが、たとえばある研究科では、

口述試験を「300点」満点で採点すると公表している。


筆記試験のように、本番1回で結果が決まってしまう

のではないからこそ、じっくりと準備に時間をかけ、

万全を期したいものである。


指導するこちらとしても、勘所(かんどころ)には

自信があるので、いつでも柔軟に臨む所存だ。


さて、日本人がよく使うカタカナ語に「ストイック」

がある。

ほとんどの場合、肯定的な評価として使われる形容詞。 「ストイックですね」といわれたら、ほめられている と思ってまちがいない。

この語の起源をたどると、古代ギリシャ哲学のストア派

に行きつく。

すなわち、理性を透徹させ、情動などに惑わされないこと

をよしとする態度を指す。

それゆえ、日本語のなかで、この語を漢語に換言すれば

「禁欲的」となろうか。


ただし、「禁欲的」では、少々窮屈(きゅうくつ)さの

あるニュアンスで、「ストイック」だと、その態度が、

さらりと身についており、見ていても美しい、といった ところ。


「日本語空間」で私が向かい合ってきた学習者の方たちは、

皆さん、どこかにストイックな一面を持っていた。


決して堅苦しくはなく、学ぶことをたのしみながら、一方で

自己を律し、夢のためには鍛錬を惜しまない。


そう、なぜ「学ぶ」かと問えば、究極は「自由」になるため

なのだから、その過程である知的鍛錬は、もはやよろこび

でしかない、ともいえる。


すぐに尽きてしまう楽しみは、むしろ退屈ではないか?

今、ここからは、一望しきれない途を、だれよりも自己を

信じ、どこまでも行こう!




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