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マリア像の下(もと)で

他のタスクに追われ、晩まで本を開けなかった日は、

何かすっきりせず、ささやかな抵抗というか? 寝る

直前のわずかな時間でも本に目を通す。


読まねばならない本は、常に控えているが、それと

別に、視野を広げたり教養を身につけたりするため

の副次的な読書は、「ねばならない」から解放される

分、楽しくもある。


そのような第二の読書に、最近、初期キリスト教の歴史

に関するものが加わった。


文献をピックアップすべく、地元の図書館で検索すると、

一番借りたいと思った“出たて”の本は、2冊ともすでに

貸し出し中でがっかり…


だが、同時に、この港町の文化度の高さを誇りにも感じ、

しばらく待とうじゃないか、という気になり、別な2冊 を借りる。


江戸のように長く栄えた伝統都市とは異なり、開港される

以前、この港町は、名もない寒村(半農半漁の)で、名所と

いえば平安時代末期に創建されたといわれる弁天の神社

くらいだった。


それが、他の地に先駆け、1859年に開港が決まったことから、

近代都市としてのスタートが切られる。


同年には、早くもイギリス、アメリカ、オランダの宣教師が

来日し、「禁教」の高札も取り除かれない国内で、布教を

開始した。


このような歴史的背景から、特に海側の旧居留地などを散策

していると、多くの教会の姿を目にする。


プロテスタントの教会が多いなか、その辺りではほぼ唯一の

カトリック教会は、コロナ禍にもかかわらず、平日も聖堂の

扉を開け放っており、誰でも自由に中へ入れるようになって いる。


先日ブログに書いた入院中の友人は、過去にカトリックの洗礼

を受けたことがある。

その後の病状が気になりながら、直接の問いはためらわれた ため、同教会のマリア像を写真に撮りスマホから送信してみた。


返信は期待しなかったが、翌日、「地下鉄の中から短い時間

だけ“庭へ行けた”」とのメッセージが届いた。

一瞬、何のことか理解できなかったが、たぶん仕事に復帰し、

通勤の途中で写真を見たのだろうと想像した。


1862年(未だ江戸時代で、開国に反対する武士が、西洋人を

襲撃しようとつけ狙っていたころ)、初めて日本に建てられた

カトリック教会に、1868年、フランスから贈られたマリア像

は、桜の木の下に佇んでいる。

以前から、天候や時刻、角度により、微笑しているようにも、 悲しみに包まれているようにも見えるのが不思議に感じていた のだが… 外的状況のみでなく見る側の心情を反映するのか、この日は、 穏やかでありながらどこまでも慈しみ深い表情であった。

        2022.2.2

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