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世襲(せしゅう)

映画『合葬』の冒頭で、柾之進(まさのしん)が、仇討ち

(あだうち)に出立(しゅったつ)する場面があります。

父親が、どこかの武士によって殺害されたため、その相手

を討(う)ちにいくよう、母親から命じられるのです。


家臣たちは、主人である柾之進を、いかにもうやうやしく

送り出します。

しかし、笑いをこらえきれず、小さな声でふざけ合って

いるのです。


ぎこちなく剣を身に着けた柾之進は、どこへいけばいい

のかもわかりません。

元々、後継(あとつ)ぎのない家を世襲するため、養子

として迎えられたのですが、養父母の目当ては、彼の

持参金でした。


太平の世が200年以上続き、つまり、武士が剣を使う戦

(いくさ)の機会もないまま、制度は形骸化(けいがいか)

していました。


そうして、西欧諸国の外圧にさらされた日本で、国全体

を束ねるため、将軍にかわるシンボルとして、天皇が

担(かつ)ぎ出されることとなります。

天皇家は、世襲の最たる例ですね。


しかし、近世まで日本人は、自身の住む藩を「国」と認識

していました。

それゆえ、姿を見たこともない天皇を、われらが「国王」と

思うはずもありません。


江戸時代まで、皇太子(のちの明治天皇)は、京都にある

朝廷の奥深くで、女官に囲まれ過ごしていました。

1868年、イギリス人行使が、京都御所で謁見(えっけん)

に臨んだとき、彼は化粧をしていたといいます。※1)


新政府の役人たちは、平安時代以来の宮廷風俗を継承した

その貴族的容姿を、軍神のようにつくりかえていきます。※2)


※テキスト1)

A.B.ミットフォード『英国外交官の見た幕末維新』

長岡祥三訳 講談社(1998)

※テキスト2)

多木浩二『天皇の肖像』岩波書店(2002)






















ここで身に着けている束帯(そくたい)は、

公家(くげ)の男子の正装(せいそう)。


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