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今ここに在るということ

2021年も、今日で終わる。

昨年の大晦日は、ちょうど外国への投稿論文の締め切り日

だった。


オンライン投稿であることを幸いに、時間ギリギリまで、

忍耐強く推敲を繰り返し、日付が変わる直前に、添付ファイル

を送信していた。


コロナで仕事が減った分、時間を無駄にせぬよう、また気持ち

を奮い立たせるよう、自身を追い込んだのである。


投稿を何度も経験すると、今回は査読をパスするか、無理そうか、

というのが、勘でわかる。

昨年のそれは、手応えがあり、結果も同じで、拙論は学術誌に

掲載される運びとなった。


しかし、それは、「あたりまえ」といえば傲慢に聞こえるかも

しれないが、相応の力をかけたのだから、結果は出てしかるべき

だと感じていた。


むしろ、それでも満たされないものがあったのは、目に見える

何かを「獲得」することに躍起となる?日々に、疑問をおぼえて

いたからかもしれない。


正直に告白すれば、以前は、少しでも業績をつくらねばという

焦りのようなものがあった。

しかし、何のために――?

自問自答するうち、せっかく発信するなら、急がず、より時間を

かけ納得のいくものを書きたいと思うようになった。


ニューノーマルが常態となったこの1年で、その前の1年より、

肩の力が抜け、焦りが消えた。

目に見えない自然の気配を感じたり、無為の時間を増やしたり

するようにしていたのは、「加速主義」的な流れから身を離す

意思がどこかで働いていたのかもしれない。


だが、それは、単なる放棄ではなく、別な途の積極的な模索

を意味する。

無形であり、それゆえ捉えがたく、奥深い途の――


危機のときを経てなお、今「ここに在る」ということは、

偶然であっても当然ではなく、どれだけ幸いであるかしれない。

日々のすべてに感謝を捧げ、前進を続けよう。

やがて夜が明ける。 あたらしい朝が来る。

2021.12.31

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