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出藍(しゅつらん)

数ある国のうちから日本の大学、大学院に進学する外国人の方

には、何より良き師に出会ってほしいと願う。


良き師とはどのような人物か? の問いに対し、たったひとつ

の答えは出ない。


あくまでも私見であることをことわりおき、それを挙げるなら、

精神的な面では、寛容で包容力があり、面倒見がよい(!)、

能力面では、学生の資質を鋭く見抜き、その力を最大限引き

出せる人物となるだろうか。


『叛逆としての科学』みすず書房(2008)の「外側から見た宗教」

の章には、世界的に有名な数学者であり、熱烈な無神論者である

G・H・ハーディ氏が登場する。


著者は、トリニティ・カレッジの研究員だったころ、ハーディ氏

に指導を受けながら、氏を含む「大先生」たちと食事をともに

するという栄誉にあずかった。


そのグループ中、信仰の篤かったシンプソン教授が亡くなった

とき、遺体の灰は、故人の希望でフェロー用庭園にまかれた。            

だが、数日後のディナーで、めずらしく遅れてきたハーディ氏は、

これみよがしに靴底を床にこすりつけると、大きな声で不平を

言ったという。


「このいやらしいものは一体何だ? 靴から取れやしない」


他方で、平和主義者の顔をもつハーディ氏は、自身が老化により

独創力が衰えたことを、包み隠さず本に著す誠実な研究者でも

あった。


インド出身の数学者シュリニヴァ―サ・ラマヌジャン氏が、

自身の研究成果をイギリスの何人かの教授に送った際、まったく

相手にされなかったところを、唯一彼の才能を認め、イギリスに

招聘したのがハーディ氏だ。


貧しかったラマヌジャン氏は、学費を払えず、大学を中退すると

事務員の職に就いたが、研究をあきらめきれず、独学を続けて

いたのである。


彼の記した内容には、独学ゆえの明らかな間違いがある一方で、

数学の権威でも、真偽を即断できないような天才的閃きを

うかがわせるものがあった。


成果を認められたラマヌジャン氏は、ハーディ氏との共同研究で、

さらに才能を開花させていく。

しかし、研究にのめり込みすぎ、不幸にも体をこわし夭逝した。


のちにハーディ氏は、数学者として、師である自身を「25点」、

弟子であるラマヌジャン氏を「100点」と採点している。


「青は藍より出でて藍より青し」ということわざがある。


弟子が自身を超えていくことを、手放しで祝した昔日の数学者に、

深い尊敬の念が自然に湧き上がる。










2021.10.17

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