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分別力と創造力

気がつけば9月も今日で終わり。

2、3日前まで聞こえていた蝉の声もパタリと止んだ。


ノーベル賞発表の時期が迫るこの季節、日本人では4人目

のノーベル賞受賞者である尾崎玲於奈(おざきれおな)

氏のインタビューを興味深く読んだ。


今からちょうど半世紀前の1973年にノーベル賞を受賞した

尾崎氏は現在98歳だが、老いてますます盛んのことば通り、

実に明晰なことばで研究を巡る現在の状況を語っている。


能力の高い人ほど謙虚であるとはよく言われることながら、

尾崎氏も例にもれず、自分自身は運がよかったのだと分析

する。


「わたしが生きた時代は戦争というものを始めて日本は

戦争に負け、敗戦のなかで生きてきてきました。

ある意味において普通ではなかったかもしれませんが、

日本のシステムが崩壊したことで、若い人たちは自由に

なって何でも出来た訳です。戦後に社会を発展・活性化

させることが非常に重要でしたが、その場合には分別力だけ

を働かせていては何の発展もありません。創造力を働かせて

社会を活性化していくことが求められていたのです」


「分別力」とは、子どもがおとなになる過程で身につける

生きていく上での基本的な知恵であり、これがなければ

社会的生活には適応できない。

一方で、そこには生存のための計算も働くので、分別が

ありすぎると「創造力」が発揮されないということにも

なる。


尾崎氏はまた次のようにも述べる。

「私が他の誰よりも遠くの方を見ることができるとする

ならば、それは何としても、私が背の高い巨人の肩の上に

立って視野を伸ばしているからに他ならない」。


尾崎氏が若かったころと異なり、情報化社会の今日では、

情報の渦に巻き込まれ能動的な選択が難しくなっている。


そう。PCやスマートフォンの画面にばかり集中し、そこに

目線が釘付けになっていたら、近視のようになり、遠くの

場所に目をやる機会がなくなっていく。

それでは、創造力も衰えるというものだ。


尾崎氏が語る「分別力」と「創造力」は、大学や大学院に

おけるソフトアカデミズムとハードアカデミズムにも

置き換えられる。


学術論文に必須なものでありながら、すべての研究者が

突き詰めて意識できていない「新規性」も、まさにそこに

関わっていることが、文理の別やテーマの異なりを超え、

再認識されねばならないだろう。












https://www3.nhk.or.jp/news/special/nobelprize/2023/physics/article_14.html

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