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口述試問の夜
今から数年前の10月、私は、博士論文の口述試問
を受けた。
大学の卒業論文とは異なり、大学院の修士論文、
博士論文は、提出すれば終わりでなく、その後
に口述試問を受けねばならない。
修士論文の審査では、自身が所属する研究科の
教員が審査を担当するが、博士論文では、学外
の審査員も入ることとなる。
誰にお願いするかは、学生自身が、一応希望を 出すことが可能で、幸い私もそれが通っていた。
審査の流れとしては、まず、プロポーザルの審査
があり、それをクリアしてから博士論文の提出と
なる。
しかし、この申請は短い字数であり、当該の段階
で落ちることはまずないといえる。
そして、何とか博士論文を提出すると、研究科全体
に「公開口述試問」のお知らせメールが回ってくる。
そこには、日時と学生の氏名および博士論文の題名
が記されており、公開審査なので立ち入り自由と
なっている。
以前に書いたかもしれないが、私は、話すよりは書く
ほうが得意なので、正直、口述試問は気が重かった...
なかでも、冒頭、みずから要旨を述べる際には、
緊張して時間が経つのがひどく遅く感じられた。
開始時間は、確か午後2時で、終わったのは4時過ぎ
だったと記憶している。
すべてが終わった時には、かなりぐったりして、
達成感よりは脱力感が先立った。
その後、ゼミの先生の提案で、キャンパス近くの
和食店で、先生方3人と夕食をご一緒することと なった。
実は、その先生から、夜の時間は空いていますか?
と、前日メールで聞かれていたのだが、他の2人の
先生は、その場で初めて話を聞かされたようだった。
研究棟1階のエントランスで、先に待っていた私に、
ゼミの先生がかけてくれた「お祝いをしないとね!」
のことばが、今でも忘れられない。 結果は、その時点では、当然知らされていなかった のだけれど。
そうして、大学通りの銀杏並木を歩いて、帰路に
着いたときほど、人生の経験における「一回性」の
貴さを感じたことはなかったのである。
