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夏の終わりに

今年の夏も、やはりコロナは終息しなかった。


それ以前であれば、焼けつくような日差しに、生きとし生ける

者の息吹を感じながら、毎日を過ごしただろう。


だが、感染の危険を常に意識しながら、暑さは、重苦しさに変じ、

結局開催されたオリンピック・パラリンピックも、心底楽しめは

しなかった。


とはいえ、事のマイナス面ばかり見ていては、何も始まらない。


すべての人間にとって、完全に等しく、満ち足りた日が営まれた

歴史のためしはないのだから。


たとえば、いつもの散歩道で―。

緑に包まれ、歩を進めながら、前後に人がいないのを確認し、

マスクを外した後、大きく深呼吸する。


そのような時に、自然のかけがえのなさをおぼえ、感謝の念が

湧きおこる。


夏の間も、新しい学習者からの依頼があった。


中でも、難しく感じたのは、編入試験対策だ。

ほとんどの場合、3年次編入を目指すのだが、試験形式は、EJU

のように、数字でわかりやすくはじき出されるものではないため、

合格ラインが把握しづらい。


しかし、3年次からということは、1、2年時のレベルは、すでに

クリアしているというアピールが必要だろう。

何より募集人員も、若干名であり、競争率が非常に高い。 そうであればこそ、合格の価値も、当然高いのであるが…

この季節も、特に遠出はせず、事務所に行く以外は、図書館通い をして過ごした。

自分自身の専門に関する本は、無論のこと、どのような専門の

学習者からの依頼があっても応じられるよう、相変わらず幅広い

読書を心がけている。


ほっとしたのは、事務所の猫が、何とか夏を乗り越えられたこと。


昨秋に保護をしてから、冬の寒さ対策には気を使ったが、同様に、

はげしい暑さを乗り越えられたのは幸いだった。


ただし、猫の健康と反比例して、私自身の論文執筆の進行は、

スピードを落とさざるを得なくなった。

生き物の命を預かっていると、何かしら、やらねばならぬことが 多い。

猫というのは、勝手にひとり(一匹)で行動し、かまわれるのは嫌い

だろうと思っていたのに、この猫は、何とかまわれないことが

耐えられないのである…!


猫と遊ぶなんて、想像もしなかった私が、不器用な感じで…。

だが、そうして、ストレスをためず長生きしてくれるなら、

つきあってあげたいと願う。

爽快感はないものの、ずいぶんと人間味を帯びたひと夏が、 今、終わりつつある。

      2021年7月某日

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