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学習の「質」を見直す

今日は、秋晴れの1日だったので、思い切って授業

と授業の合間に、猫を連れて公園に出かけた。

しばらくベンチに座っていると、半年前、一緒に

外出したとき、おびえて震えていたのがうそのよう

にリラックスして見えたので、うれしくなった。



束の間の憩いを終え、事務所に戻ると、授業の準備

に取りかかる。


さて、最近、大学院の面接対策をおこなっていたが、

学習者の方が突き当たっていた問題に関し、ことば

を交わすうちにいろいろな気づきがあった。


ご本人は、日本語の読み書きが得意だが、日本人と

会話をした機会がないので、話すことが苦手だと

いう。

だが、詳細に分析すると、母国語で考え日本語に

変換していることがわかり、問題は会話の不慣れ

そのものではないという答えを得たのである。


つまり、学習の「量」は、非常に多くこなしている

のに、「質」に関し、長い間、停滞の原因を取り

除かないままきてしまったということだ。


それで、文法や語彙にズレが生じて、「非文」の

ようなフレーズが定着してしまっている。


すべての学習を、学校機関の中で完結させるのは

不可能で、独学はむしろ必須だ。

ただし、個人でおこなう学習には、限界があり、

隘路に入り込んだまま、己がどこにいて何をして

いるのか? わからなくなるようなことも珍しく

はない。


かく言う私自身、大学院で、同じテーマを研究する

教員に出会えず、修士、博士課程の期間、散々悩み、

迷った挙げ句、ようやく突破口を見つけたのである。


人にものを教えるということは、単なる知識の教授

などではない。

学習者の希望に応じ、良い点は、より伸ばし、不足

している点は、可能な限り引き出すこと。


このような指導が、学習者本位の場では何より求め

られるはずなのに、教師個人の裁量が狭められている

大型の学校機関では、それがらんぼうに切り捨てられて

しまっているのが現実だ。


こういった指導がおこなえるのも、大量生産型ではない、

質の高い個人授業ならではと自負している。 潜在能力を引き出そう!!

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