• 日本語空間

専門性と教養

教養は、単体で役に立つものではないが、それがあるか

ないかで、「知」の質も変わってくる。


少し前に、フリーマン・ダイソンの著書について書いた。

1923年、イギリス南部で、弁護士の母と音楽家の父の間に

生まれたダイソンは物理学者で、朝永振一郎、ジュリアン・

シュウィンガ-、リチャード・ファインマンの量子電磁力学

が等価であると証明したことで知られる。

その一方で、文理を自在に横断する随筆の名著を多く残して

おり、日本でも翻訳書が愛読されている。


彼は、文章を書く目的を「科学という名の聖堂の窓を開き、

中にいる専門家には外の世界を、外にいる一般の人々には

内側を見せる」ことだと語るが、そこではきわめて高い専門性

と潤沢な教養が、互いに響き合っているのだ。


そのことばに触れる度、ため息交じりに、「あやかりたい」

と願ってしまう――


いわゆる文系、理系の区別はあっても、どちらの「知」

のみしか所有していない人はおらず、実際には、より一方が

得意であるということになろう。


それでも、理系ベースで人文の素養があるひとは、その逆

よりも知的余裕があるように見える。

しかし、以前に何度か書いた通り、文系に軸足を置いていても、

抽象的思考を鍛えることで、理系の分野にアプローチすること

は可能だ。


たとえば、「科学史」の分野にも、理系ベースと文系ベース

が存在し、両側からのアプローチが興味深い。


『日本語空間』には、それ以前からの縁で、社会人の方も

学んでいるが、その中の一人である理系の女性は、すでに

20年ほど日本語を使って仕事をしているそうだ。

言うまでもなく高い専門性を有し、仕事自体は、滞りなく

進んでいるのに、さらに上を目指そうという姿勢には

圧倒される。


仕事もオフも充実させながら、ちっとも堅苦しくなく、

しかし謙虚に、学ぶことを楽しんでいる。

これぞエリートと呼ぶべきか。


授業の最初には、簡単なウォーミングアップで、漢字の

書き取りを少々おこなう。

リクエストで始めたのだが、先週、今さらのように、

手書きで漢字を書く機会があるのか? と聞いてみた。

するとその方は、機会はないけれど、きちんと書けたら

「気持ちがいいじゃないですか」と、ややはにかみながら

学生時代の面差しを彷彿とさせる表情で答えたのだった。

人生を豊かにする教養の好例が、ここにある…!


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