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恩師と語る
何ともすっきりしない空気の中、週が明けた。
無観客のオリンピック、東京の緊急事態宣言…コロナ禍の日常を少しでも
やわらげるどころか、そこに追い打ちをかけるような決定が続く。
先週末、ふと思い立ち、恩師に電話をかけた。
恩師と言っても、直接、師事した先生ではない。
先生は、私が修士課程在籍時に、読んで感銘を受けた本の著者であったが、
博士課程で主査となった先生の大学時代の同級生という偶然が重なり、
紹介をしてもらうこととなったのである。
主査の先生がいうには、自分などと違い、その先生は、学生時代から
「天才的な輝きを放っていた」、だから、良いアドバイスを受けなさい、と。
残念なことに、その先生は、病を得て、退職を決めた直後だったが、快く
会ってくださり、論文の話も聞いてくださった。
どうしろこうしろと、細かいことは一切いわず、大切な舵取りの方角を
いつもさりげなく示してくださったのが、何よりありがたかった。
先日書いたように、博論がいったん完成したものの、細部が気に入らず、
120%の出来を目指していたら、あと2,3年はかかるとみずから判断し、
自暴自棄のようになっていた私に、そのような労力は「無意味」と叱咤して
くださったのも、この先生だ。
深夜のスカイプでのやりとりでは、「(博論を)出さない」、「出せ」の
言い争いになったこともある。
ついに、先生は声を荒げ、
「あなたは本当におかしな人だ。研究科が学位をくれるというんだから、
もらっておけばいいんです!」と言い放った。
アメリカやカナダの大学で教鞭をとり、東京大学出版会をはじめ、数々の
出版社から本を出したほどの先生なのに、専門の分野では、誰も手をつけて
いないテーマを扱おうとして、周囲から反発、黙殺され、担当教員から論文を
読んでもらえなかったこともあるという。
「新しいことをしようとすると孤独になる。覚えておきなさい」のことばは、
今も重い。
先生とは、境遇がまったく異なり、師や派閥といった所属からは、ずっと
自由であった分、己は、暗い海を小舟で漕ぎ進むように研究を続けてきた。
それゆえ、新しいことを始めようとすると話せる人がいない「孤独」は、
よく知っているつもりだ。
約半年ぶりの電話は、やや悲観的な先生と、それよりは楽観的な私の研究に
関する話題と、時事問題が主たるものといういつもと変わらぬ内容だった。
しかし、己が深奥で欲していたのは、この閉塞した状況にあっても、孤独と、
それと引き換えに得られる自由から逃げ出さない勇気の確認だったのではないか、
と電話の後で気づいたのである。


ウラジミール・ナボコフは、20世紀を代表する
小説家として知られるが、蝶の形態と分類に
関する論文も残している。
上は、手描きの蝶と知人に宛てた文章。
“ロリータ”(作品名)も自筆。