- 日本語空間
持たざる者が果敢(かかん)に進む
朝晩はひんやりするものの、昼間は涼しく、過ごしやすい日々が
続きます。
集中して頭を働かせるには、もってこいの季節ですね。
さて、EJUの試験日も、来週の日曜日に迫りました。
コロナが完全に終息しない中、受験勉強に励む外国人学生の皆さん
には、心からエールを送りたいと思います!
EJUといえば、以前に進学クラスを担当していたころ、日本語科目
以外に、総合科目を教えたことが何度かありました。
日本人が受けるセンター試験もそうですが、結局は、詰め込み式の
暗記にならざるをえない部分が多く、特に社会科はその性格が強い
ため、どうやったら少しでも興味を持てるようになるか工夫をして
いました。
実は、学生時代に、塾で何科目かを子どもに教えた経験があり、
その時、社会科がいちばん教えやすかったと記憶しています。
部活の後で眠気をもよおしている生徒に対し、一方的に話を続けたら
拷問のようなものなので、Q&Aの形で、授業を立体的にし、記憶に
刻めないかと試みたものです。
その結果、生徒に「楽しい」と言ってもらえたことで、手応えを
おぼえました。
総合科目も、無論、最終目標は1点でも多く得点することながら、
内容を印象づけるべく、導入部分をあれこれ考え、授業に臨みました。
学生時代は、後になり振り返れば通過点ですが、私には、その時間を
輝けるモラトリアムとでも称したい気持ちがあります。
社会に出て、地位や安定を得た大人が「持てる者」なら、その前段階
にいる学生は、「持たざる者」の特権に恵まれているから。
豊かになった者は、それを失うとき、当然、抵抗があるでしょう。
対照的に、そのような心配がなければ、大胆に挑める可能性が付与
されているともいえます。
そして、伸びやかに過ごしたかけがえのない時間は、すぐに有形の財産
にはならずとも、のちに道を切り拓く糧(かて)となるかもしれません。
香川県の第1区における選挙戦を舞台にしたドキュメンタリー映画
『なぜ君は総理大臣になれないのか』は、昨年6月に公開され、数々
の賞を獲得。
半年以上のロングランを記録しました。
政治の世界には、俗に「3バン」と称されるものがあります。
すなわち、1地盤(じばん)は地元の後援者、2看板(かんばん)は知名度、
3鞄(かばん)は政治資金。
日本の政治家に「世襲」が多いことは有名ですが、彼らは、みずから
努力する以前、あらかじめ「持てる者」として政治活動を開始します。
このドキュメンタリーの主人公・小川淳也氏は、3バンとは無縁の
“パーマ屋の倅(せがれ)”。※1
まじめだけれど不器用、“修行僧”と呼ばれるほどで、永田町※2では、
変わり者という声もあるようです。
(ただし、東大の法学部卒業という頭脳の持ち主)。
対するライバルの平井卓也氏は、前デジタル大臣で、祖父も父も閣僚
経験者という世襲中の世襲。
地元では、長い間、いわゆる名士として認識されてきました。
この作品の監督である大島新氏からも「愚直すぎるゆえに政治家には
不向きではないか」と案じられていた小川氏ですが、先日の衆院選では、
大方の予想を覆し、見事当選を果たしました!
『なぜ君は総理大臣にはなれないのか』のタイトルには、個人の能力
に対してではなく、「民意への問いかけ」が込められているようです。
しかし、持たざる者の逆襲がこれだけ容れられるという現実には、
徐々にではあれ、その民意の変化が表れているのではないでしょうか。
※1この映画でのキャッチコピーで、パーマ屋は、現在の美容室を指し、
倅(せがれ)は、息子を指す。
パーマ屋は、古い響きがあり、倅は、くだけた言い方。
つまりは、庶民の出身ということ。
※2永田町:国会議事堂のある場所。