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文章から離れない

昨年は、梅雨が長く、コロナで自由な活動を制限されて

いるなか、さらに重苦しい季節でした。


それが、今年は空梅雨(からつゆ)? と思うほど晴れの日

が続いています。


いつものように事務所のドアを開けると、朝一番に餌を

ねだり、鳴きやまない猫が、妙におとなしい。

温度計を見ると、28度になっていて、早急に暑さ対策を

せねばと焦りました。


口がきけない動物は、態度をよく見ていてあげないと、と

反省しきり。

ネコとヒト、初めて一緒に過ごす夏です…


さて、先週は、レポートの添削やカウンセリングに追われ、

図書館へ行こうと思いながら、延び延びになっていました。


それが昨日、閉館間際にやっと滑り込み、学術系の雑誌を

すばやく数冊選び、何とか借りることができたのには満足。


文章を扱う仕事上、文章から離れないことは、基本中の基本

です。


具体的には、1大量に、2常に、文章に触れていることが

何より大切。

それを欠かせば、「勘」が鈍ってしまう。


やはり、文章も、ある種の「生き物」とみなしているものです

から!


今春、カウンセリングをして、秋からの大学院入学を希望して

いる依頼者の方の専門に関係がある雑誌を見つけたので、

借りてきました。


依頼者の方の専門と、私自身の専門が、完全に重なることは

ありません。

それは、承知の上で、私自身が、可能な限り予習をして歩み

寄ることを試みています。


その方は、まだ待機中なため、正式な依頼があるかどうか

わかりませんが、特殊な分野なので、予備知識を仕込んで

おこうと思います。


たとえ、それをすぐに使うことがなくなっても、関係のない

分野など何一つない!

学んだことはすべて己の血肉となり、還元されていくと信じて

います。



哲学界の時の人、E・コッチャの解説で

知った作品。


「科学」と「芸術」は、われわれが思う以上に踵(きびす)を接しており、輝く星雲に浮かぶ星のような花々は、芸術家の気まぐれより科学的に正しい判断である、ということばに打たれる。


この絵が描かれた20世紀初頭、大気を

コントロールし、毒ガスを用いる第一次世界大戦は、まだ起きていない。

  オディロン・ルドン「ひな菊」(1901)




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