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日本的感性

先日のブログで言及した日本の中世に関連し、修士課程在籍中に

読んだ朝尾直弘氏の著書を再読したいと考え、図書館へ行った。


弟である義経(よしつね)を死に追いやった源頼朝(みなもとのよりとも)

―冷酷非情ともみなされている―を、万世一系のような血統を重視

する天皇制と異なり、「血」によらない公正さを追求した武将として

評価する内容だったと記憶している。


ただし、タイトルが思い出せず、閉館間際に到着したこともあり、

とりあえず借りてきた本は、やはり以前に読んだものではなかった。


驚いたのは、そこに、ふりがながつけてあったことである。


天皇と将軍の関係について考察した内容で、文中には、日本人が高校

までで学ぶ通史よりは、詳細な記述がなされている。


そうはいっても、少し教養のある成人なら読めるような漢字でも、

親切に? 読み方が示されているのだ。


たとえば、遡及(そきゅう)、御製(ぎょせい)、大嘗祭(だいじょうさい)、

華夷内外(かいないがい)等。


これは、つまり昨日書いたように、研究者や専門家以外にも、一般の

人(成人以外を含む)に広く読んでほしいという発信者側の意図だろう。


こちらとしては面食らう部分もありながら、そのような配慮の割に、

内容は易しすぎない点に好感が持てる。


図書館では、行く前に検索して借りる本もあれば、その場で何となく

手に取り借りてしまう本もある。

後者には、どこかで、セレンディピティ的な出会いを期待している。


出版不振の時節であるが、日本語論、日本人論、日本文化論はセット

になりやすく、アイデンティティ確認をしたい日本人に歓迎されるため、

過去には、半ば意図的にブームが作られてきた。


先日手に取った佐々木健一氏著『日本的感性―触覚とずらしの構造―』

は、学術的研究を基に書かれているが、やはりそのような一昔前の

心性に共振している部分があると感じられた。


とりわけ「日本的」といいつつ、集中的に取り上げられているのが

和歌で、それも貴族文化に属する作品が主であるため、偏りがあるのは

否めない。


すでに評価の高い作品を、追随するように賞賛する態度も・・・


現在、グローバリゼーション以降の日本にあるとはいえ、当該の変化が

訪れたのちの時間は、長い歴史からみれば一瞬に過ぎないだろう。


島国という地理自体は、ほぼ変わっていないので、それを踏まえれば、

同書で指摘されたような「そこはかとない」、「さだめない」という

「儚(はかな)い」に通じるような心情は、日本的感性として首肯しうる。


狭く囲まれた土地で、強い表現ばかりしていたら、衝突が起き、その果て

にも海の外へ逃れるのは容易でない。

ゆえに、流れにさからわず、四季の移ろいのなか、再びはかえらないとき

を愛惜するということか。


    伝 長谷川等伯(はせがわとうはく)筆「柳橋水車図屏風」17世紀初頭

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