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日本近代事始め

私が今いる街は、近代の文物発祥の地です。
港町の「事始め(ことはじめ)」は、尽きせぬ物語に彩られています。
たとえば、写真、新聞、病院、ホテル、波止場(港)、劇場、競馬、
乗合馬車、自転車、クリーニング、理容、テーラー、石鹸、マッチ、
食肉、牛乳、パン等々。
それらを運び入れた西洋人たちは、日本の中に、いわば小さい外国
を創り出し、住み着くことを試みました。
最初、日本人と彼らの境界は、分断されていましたが、時と共に交流
が深まり、新しい文明は旧い文化のうちに定着します。
意外に思えるかもしれませんが、ここはまた、江戸のように伝統的な
都市でも、京都のように雅やかな文化を誇る古都でもありませんでした。
1859年の開港以前、この町は名もない半農半漁の寒村だったのです。
「開港」という事件により、街の様相は一変し、活況を呈するようになり
ます。
散策の途上、私は、ショーウィンドーに飾られたマリア像に気を取られ
ながら、その店をアンティークショップか何かだと考えていました。
しかし、よく見るとドアには「ドレステーラー」と書かれていました。
この街にテーラーがはじめて開業したのは1863年。実際には幕末のこと
で、日本の近代が明けるまでにはまだ5年もあります。
やや時を刻んだマリア様は、いつ、どこから流れてきたのでしょうか。