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“正しさ”の先へ

正しさは、あくまでも基本であり、すべてを満たすわけでは

ありません。

日本語学習には、目安としての初級・中級・上級があり、

JLPTのN1に合格していれば、一応、上級とみなされます。

ただし、それは、基礎的な運用における認定であり、むしろ、

そこからが、ネイティブレベルの日本語に近づいていく出発点

ともいえるでしょう。

とりわけ、アカデミックな場や仕事の場で日本語を使うのに、

上級止まりでは、門をくぐらせてはもらえても、高い評価を得る

ことはむずかしいです。


現在、週に1回、1時間半の授業を受けている社会人の方は、

20年ほど前、大学在籍中に日本語能力試験の1級に合格しました。

その後、国で、日本語を一部使う仕事をおこなっていましたが、

来日して日本支社で働くこととなり、実力不足を痛感したと

いいます。

明かしてくれたエピソードによると、同国人の同僚に、やんわり

と日本語の間違いを指摘された経験があるそうです。

ただ、本当にそれが間違いなのか、納得できない点があり、授業

の中で私に質問してきました。

実は、当該の表現は間違いではありません。

同僚の方は、教科書的な“正しさ”に照らし合わせ、間違いと判断

したのだと推測されます。

片や、学習者の方は、より“こなれた”表現をしたのでした。

外国人同士が、日本語を巡り、このようなやり取りをおこなって

いる事実自体、興味深いですが、お互いが、上級以上のいわば超級

レベルであるからこそ起きうる出来事なのでしょう。

この学習者の方と向かい合っていると、気づきを得ることが多く、

私は、仮に教える側にいるに過ぎないのだと、襟を正させられます。 仕事の専門性も社会的地位も高いのに、驕った部分がまったくなく、

謙虚そのものの姿勢。

勉強癖が、徹底して身についています。

その癖、肩に力が入っておらず、知らなかったことに出会うと、

素朴に驚いたり、反省したりしているので、こちらは感動せずには

いられません。

「外国語は、学べば学ぶほど奥が深いですね」と。

そして、国で働いている時は考えなかったけれども、今では、日本人の

日本語に近づきたいといいます。

了解しました。

それでは、行きましょう!

“正しさ”を超えて広がる豊饒なことばの海へ。



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