• 日本語空間

武士とクリスチャン


グイド・フルベッキと佐賀藩士


日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)

により、鎖国(さこく)体制を経た日本の「開港」が取り決め

られました。


対象は、神奈川、長崎、新潟、兵庫、大阪、江戸の港。

日本の「近代」が明けるまで、10年を残した1858年、つまり

未(いま)だ江戸時代のことです。


開港直後には、いち早くアメリカの宣教師らが来日して、布教

活動の準備を始めます。

当時は、信仰の自由が認められていなかったため、彼らは日本語

を習得したのち、英語塾を開いたり医療活動に従事したりして

いました。


なかでもJ.C.ヘボンは、医師であり、横浜で男女共学の「ヘボン塾」

を開くかたわら、日本初の和英辞典『和英語林集成』を編纂(へん

さん)。日本語のローマ字表記のうち代表的な「ヘボン式ローマ字」

の発案者として知られています。


当時は、開国に不満を持つ武士たちが、開港地などで外国人を襲撃

する事件が頻発(ひんぱつ)していました。


そして明治維新を迎えたのち、士族の青年たちは、異なる人生の

選択をおこなうこととなります。


幕末の戦いを勝ち抜いた薩長土肥(さっちょうどひ)※1)等、雄藩

(ゆうはん)の元武士たちは、明治政府に参入を果たしました。

しかし、対照的に力を有さなかった藩(はん)の士族の青年は、

宣教師の私塾で学んだことをきっかけに、洗礼後、キリスト教の

伝道へと踏み出したのです。


使命感にささえられ、死をも恐れず、禁欲的に自己を律する外国人

宣教師の態度に接した青年たちは、そこに「武士道」に通じる精神

を感じ取っていました。


彼らは、やがて3大バンド※2)を中心に、日本各地で派を超えた

プロテスタントのバンド=紐帯(ちゅうたい)を築(きず)いて

いきます。


※1) 薩長土肥(さっちょうどひ):四藩の総称

        薩摩(さつま)藩→現在の鹿児島県

        長州(ちょうしゅう)藩→現在の山口県

        土佐(とさ)藩→現在の高知県

        肥前(ひぜん)藩→現在の佐賀県

       

※2) 3大バンド:横浜バンド、熊本バンド、札幌バンド

34回の閲覧