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港からはじまる歴史

週末の2日間はこの地で第43回目となる「開港祭」が開催された。

 

江戸時代の1853年、アメリカのペリー提督が浦賀に来航し、

日本の鎖国政策に働きかけ、港を開くよう要求した。

日本は、1639年からオランダ、中国、朝鮮などを除き、実に

200年以上もの間、外国との交流をおこなわなかったが、

黒船(ペリーの乗った船)のインパクトにより1854年、

「日米和親条約」を結び、1858年には「日米修好通商条約」

をはじめ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスと条約を結び

各国と交流を始めたのだった。

 

そして1859年に神奈川、長崎、函館が開港する。

 

港は、文明の玄関となり、江戸や他の地に先駆けて開港した

街は繫栄を謳歌した。

 

当地は、それまで名もない寒村だったのが、開港後には一早く

欧米の宣教師が来日し、全国から商人たちが蝟集し、居留地や

商館が立ち並ぶこととなった。

 

江戸のように、近世から都市計画に基づき整然と造成されたの

ではないこの街は、そうして近代以降、沿岸部から野放図かつ

ダイナミックに生成していったのである。

 

当時、港は「波止場(はとば)」と呼ばれていた。




 

 

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