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無垢(むく)なる者













昨秋保護した猫を、事務所で飼うようになってから、

きのうで半年が過ぎた。


昨年の今頃、生まれて間もない姿を、初めて見かけたの

だから、ちょうど1歳になるわけだ。


背骨が透けるほど痩せこけていたため、餌をあげたら、

毎日、事務所にやってくるようになったのだが。

台風のときなど、来るはずないと思っていたのに、いつの

まにか室内に入っていて驚かされたものだ。


それが、夏が終わったころ、2日だけ姿を見せなかった

ことがある。


再び、事務所にやってきたとき、子猫は、それまで通り

機嫌よく餌をねだってきたのだが…不吉なしるしが。

その片耳は、先端をカットされていたのだ!


恐る恐る体全体を見ると、下腹部が、赤く腫れて痛々しかった…


近所を飛び回っていた子猫は、地域猫活動の一環である

TNRに、どうやら捕まってしまったらしい。


TNRは、人間と猫の「共生」を目指すという謳い文句を

掲げており、餓死したり自動車に轢かれたりする猫、殺処分

される猫を「救う」という表の名目と、街を汚されないよう

「清潔」に保つという裏の目的が混然一体となり、正当化されて

いる。


つまり、可能な限り、頭数を減らし、人間の管理下に置こう

とするものである。


TNRに限ったことではないが、ひとつの行為が定着すると、

それがはたして最善な方法なのか、吟味もされないまま、

思考は放棄され、惰性的に繰り返されていくことがある。


殺処分の「殺」はともかく、生きている者に、物に対するように

「処分」だと?

そして、生後わずか4か月の動物の子どものお腹にメスを

入れてまで、生殖機能を奪うことが、彼らを「救う」唯一の

方法だと、はたして断言できるのだろうか?


捕獲器にかけられ、手術を施された子猫は、自身が、人間から

何をされたのか、理解しようがない。

無垢な存在——。


あの日、破損された体で、それ以前と変わらず甘えてくる子猫

を前に、己は、打ちひしがれていた。


野良猫にとって、最善な生はどのようなものか? 正解は出ない。

また、現今おこなわれている措置の代替案も、すぐには思い浮かば

ない。

だが、それは、確実に「人新世(ひとしんせい)」のもたらした危機

と、無縁ではないだろう。


※TNR=Trap-neuter-return

手術済みの目印として、オスは右耳、メスは左耳をカットされる。

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