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現役(げんえき)
現役というときに、それは何を指すのでしょうか?
『生物と無生物のあいだ』には、「死んだ鳥症候群」と
いうことばが出てきます。
私は、その名称自体初めて知りましたが、思い当たること
はあり過ぎるほどにあります。
一度大学院に身を置いた者であれば、このような事象
は、見聞きして知っているでしょう。
功成り名を遂げた(こうなりなをとげた)大教授が、
力強く大空を飛ぶのを、ひとびとは尊敬のまなざしで
眺める。
そのように研究活動が円熟期を迎えたとき、そこまでは
よいが、やがて最も長(た)けてくるのは、いかに仕事を
精力的におこなっているかを、世間に示す術(すべ)と
なる。
皆は称賛を惜しまず、鳥は、優雅(ゆうが)に羽ばたいて
いるように見えるが、実際には「死んでいる」。
なぜなら、鳥のなかで情熱はすでに燃え尽きているから
というものです。
アカデミックな機関に限らず、「名実」のうち「名」を
有しながら「実」が伴わない人間は、外側からわからない
だけでたくさん存在する、というのはめずらしいことでは
ありません。
両方が備われば、虚飾(きょしょく)を取りつくろいつつ
生きていくことからは、免(まぬが)れるかもしれませんが。
社会において、どこで何にたずさわるにしても、われわれ
は「実」を第一に備えた現役たりたい、とあらためて
願わずにはいられません。

“ DNAラセン構造を解明したフランシス・クリックと、
ジェームズ・ワトソンは、ロザリンド・フランクリン
のデータをひそかに盗み見ていた。
そのデータから仮説への確信を得た両者は、1962年に
ノーベル賞を獲得することとなる。
一方、地道に研究を続けていたフランクリンは、事実
を知らないまま、X線の浴び過ぎにより、1958年にガン
で早世(そうせい)した。”
※テキスト
福岡伸一『生物と無生物のあいだ』講談社(2007)