• 日本語空間

社会を映す新語

昨年末、流行語大賞の話題を取り上げました。


日本語に限らず、ことばは、あらたに生まれ、使う人

がいなくなれば、死語として消えていく運命にあります。


なかでも、カタカナ語には、早々に忘れ去られていく

ものが多いように見受けられるのですが…


最近、気になったカタカナ語に「アライ」があります。

これだけでは「洗い」? 「粗い」? 「荒い」?

はたまた「新井(さん)」? 意味がわかりません。


そもそも同音異義語が多すぎる…!


語源は、英語の“ally”で、マイノリティの存在に、理解

を示し、支援する人のことを指します。

みずから名乗るスタイルが一般的。


対象は、主としてLGBT、外国人(少数民族)、障害者

など。

特に、性的マイノリティとも称されるLGBTを対象に、

よく使われます。


高校生の時、一つ下の学年に仲が良い男子がいたのです

が、彼はゲイを公言していました。

駅前のカフェで会っては、一杯のコーヒーで、長々と

話をしたものです。


精一杯おしゃれして、一緒にコンサートに行ったのも、

懐かしい思い出。


ファッション大好きだった彼は、数年後、スタイリスト

になりました。


いわばLGBTの当事者である彼は、しかし、私自身にとって、

その性的指向をも含め、大切な友人の一人でした。

だから味方とか、支援するとかは思わず、一緒に過ごして

いたのですが。


ある「ことば」が生まれなければ、それが指す対象自体、

存在しがたい。


その意味では、未だ語としてはこなれない感じの「アライ」

も、社会の意識を反映させた画期として、認められるべき

なのでしょう。


そして、アライのようなありかたが、ごく自然になった

とき、当該の語が自然に消えても、意識は定着していく

のかもしれません。


















三重県伊賀市では、アライの取り組みが進め

られています。











(NHKニュース“僕がスカートをはく理由”

より)

最近、各地の学校で、男女の制服の選択に

自由意志が尊重されるようになっています。


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