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精読とスキミング


大学院に入って一変した読書習慣は、自然と「好きな本」を

読まなくなったことである。


なぜなら、読まなければならない本が多すぎ、個人的に読みたい

(趣味嗜好的)本を読む時間など取れず、気になる本があっても、

いつかそのうちと思っているうち、時間は瞬く間に過ぎ去って

いったのだった。


まるで修行僧のごとく(?)、ストイックに読み続ける日々…

だが、そのように硬派な読書に浸っていると、そのなかにある

「知る」よろこびに満たされてくるのも事実だ。


さて、研究のための読書の方法に、精読とスキミングがある。


私が、大学院生時代によくおこなっていたのは、ほとんどが

後者だった。

スピーディーに大筋をさらっていくことで、「知」の厚みを作る

ためのリファレンスを、手っ取り早く増やせるのはありがたい。


精読もおこなうのは、ほとんどが抽象的な内容か、理論を扱った

本だった。

こちらの方は、うっかり気を抜くと、目が字面だけ追っていて

内容は頭に入ってきていなかったりする。


そういえば、このようなことに関して、あらためて院生同士で

話したことは意外になかった。

それで他の人はどうなのかわからないが、私の場合、1冊を最初

から最後まで通しで読み終えたのち、次に移るのでなく、数冊を

並行して読む。


こうすれば、抽象度の高い本に疲れた場合、もう少し読みやすい

本に移り、また元に戻るというように変化をつけることができる。


集中力が削がれるというような弊害はなく、かえってブレイン

ストーミング的に、頭の中に余白を作りやすく、己には合って

いる方法だった。


博士課程を修了した後も、ストイックさを保ちたい気持ちがあり、

中々「趣味の読書」に踏み出せなかったが、昨年あたりから、

時折りは文学書など読むことも自身に許すようになった。


1日のうちの短い時間ではあるが、それは書かれた文字のみ

ならず、行間をも読むような精読スタイルで、束の間

テクストの悦楽に浸っている。







  




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