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自分だけのテーマを設定する

大学院時代を振り返り、研究における苦しさとよろこびを

あらためて比べれば、確実に後者の方に軍配が上がる。


決められた“枠”の中で、良い成績を取ることを目指す大学

時代と大きく異なるのは、研究行為の中核となるテーマを

自身で自由に設定することだ。

そこに、一つの醍醐味(だいごみ)がある!


ただし、最初から完璧なテーマを持っている人はいないし、

研究を進めながら、微調整をしていくことは可能で(ブレ

過ぎてはいけないが)、悩みつつもジグザグに進んでいく

うちに、研究者としていつしか成長しているのだ。


修士課程入学時点で、すでに博士課程に進もうと決めている

方のほとんどは、何かしらの研究テーマを持っている。

ただし、精度を上げるため、入学試験や論文執筆に際しては、

テーマをより絞っていくことが求められる。


実学方面に進み、修士課程での修了を計画している方は、

テーマ自体が決まっていないことも少なくない。

そのような場合は、先日書いたようにブレインストーミング

で、関心のある領域からモチーフを洗い出し、オリジナルな

テーマに仕上げていく。


過去に述べたことと重なるかもしれないが、この過程は

クリエイティブな要素に満ちていて、どちらにしよう?

どうしよう? と考えを突き詰めるのは、いわばうれしい“悩み”

といったところ。


無論、先行研究を踏まえること、そのテーマで指導を受けられ

そうな担当教員を探すこと等は必要だが、スタートする前から

難しく考えすぎ、チャンスを放棄してしまうことはいかにも

惜しい。


大学院では、学科や専攻の性格や、各教員の考え方も、大学

の学部よりは、ばらつきがあると見受ける。

しかし、共通していえるのは、オリジナルのテーマを持って

いる学生には、必ず門が開かれていることだ!


かくいう私も、修士課程、博士課程の入学試験で提出した論文

で、新規性を認められ入学が可能となった。


次の学術論文を書こうとするとき、テーマについて考えること

は、いつもたのしい。


現在も、ああでもない、こうでもないと自問自答しながら あらたなテーマに挑み、論文の青写真(あおじゃしん)を頭の なかに描出している。

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