• 日本語空間

自問自答を手放さない

秋になってから、気持ちの挫かれるようなことがあり、

先週はスランプ気味だったが、今週末、ささいなきっかけで、

見事、持ち直した。


スランプの内実は、仕事と研究、生活が、相関的に影響し

合っていたのだが。


そのうち研究面で、新境地を見出せそうになったことから、

活力が湧いてきた。


大学まで、己の関心は、人文の領域にほぼ集中していた。

だが、自身でも意外なことに、大学院に進んで研究を深める

中で、それが、社会科学、自然科学と移ってきたのである。


移ったといっても、完全に移行したのでなく、広がっている

といった方が適切だ。


軸足は、あくまでもぶれないようメインテーマに据えながらも、

パースペクティブを狭めないこの方法は、やはりしっくりくる。


学術の学位を取得した人には、よく理解できるアプローチ

だろうが、その「幅」が、在学時代より拡張されたことが、

昨晩、実感された!


守備範囲が広くなれば、縦のディシプリンが粗くならぬよう

各々への目配りにも、さらに留意する必要がある。


その点を堅固にしながら、より柔軟に分野間の行き来を強化する。

それが困難であればあるほど、達成したとき、成果は計り知れない。


自身には、学生時代とあまり変わっていない心性がある。

そのおおもとは、研究に関し、「自問自答」を徹底する習慣だ。


このテーマを設定する意義は、いかなるものであるか?

方法論は適切か?

用語の立て方の詰めは甘くないか? 等々…


とはいえ、研究の自律は、大学院では前提であるので、特別な

ことともいえない。

ただし、己の場合、師事できる教員と巡り合えなかったため、

不幸中の幸い? 的に、それが強化された。


「日本語空間」を始めてから、将来、研究者になることを目指す

何人かの留学生に出会った。

MBAを取得後、企業に就職するような現実志向ではなく、狭き

門を長く進もうとするいわば理想家肌の人たちだ。


内何人かは、適切な指導が受けられない状況で、苦心惨憺し、

論文を準備していた。


分野が異なれ、そのような人とは、少し話をしただけで、置かれて

いる状況がすみやかに理解できる。

問題に突き当たり、どれだけ自問自答を繰り返してきたか、と。


しかし、その葛藤は、プラスに転化しうる!

そもそも、長い論文をものするのに、易々書いては、見るべきもの

など表現できないのだから。


自問自答を手放さず、漸進(ぜんしん)的に進み、葛藤を何とか乗り越える。

すると、自身が、いつしか一つ上のステージにいることに気づくだろう。













       上昇か下降か

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