- 日本語空間
表現に変化をつける
レポートや論文の添削をしていると、修正しなければならない箇所
の問題点が、しばしば似ていることに気づきます。
書いているご本人は、自分の側から意識しづらいのかもしれませんが、
さほど難しい点でもないので、今日は、それについてお話ししたいと
思います。
「日本語空間」に依頼をしてくる外国人学習者の方は、ほとんどが、
すでに上級レベル以上ネイティブ未満なので、正確さにおいて、多少
の勘違いはあっても大きなミスは見当たりません。
それより、気になるのは、「同じような表現の繰り返しが多い」点です。
換言すれば、「表現の幅が狭い」ともいえます。
日本語は、他の言語に比し、文字語彙数が多い言語です。
たとえば、JLPTのN1では、おおよそ1万語の文字語彙が必要と
されます。
しかし、日本人の成人の文字語彙は、3万5千~4万5千といわれ、
本をよく読んでいる人などは、5万以上あることもめずらしくないようです。
このように、大量の語彙を、場面に合わせ、細かく使い分けることに
特徴があります。
それゆえ、文法や文字語彙が一応正しく、表面的な意味は伝わっても
表現の幅があまりにも狭い、その繰り返しのような文章は、実際には
そうでなくとも「コピー&ペースト」のような印象を与えてしまうのです。
近い位置にある文と文が、同じような表現の繰り返しなのも△ですが、
いったん出てきた名詞を、複数回、繰り返すのも冗漫です。
そのようなときは、可能な限り、指示代名詞で置き換える習慣を身につけ
ましょう。
そして、文末まで、意識を行き届かせ、同じ表現は続けない。
「~ている」や「~である」は、3回以上繰り返しそうになったら、
他の表現に置き換える。
単に、見栄えの問題でなく、表現の幅が狭い文章は、硬直し、流れて
いかないため、とても読みづらいものです。
大学や大学院の先生は、基本的に多忙。
そのような中で、硬直しきった文章には、きちんと目を通してもらえない
かもしれません。
すなわち、論述の作法(さほう)とは、「読んでもらう」ことを意識し、
表現の隅々まで配慮した文章を書くことを、基本的に意味しているのです。

2021.6.11