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複雑さをたのしむ
意外に意識されていないが、学術論文を書く上で
重要な点に、単純さの回避がある。
そもそも単純すぎる記述は論文として成立しない。
換言すれば、具象的な事実をまとめただけでは、
論文にはならないのだ。
そこで欠かせないのが抽象思考である。
あらかじめ問いや仮説を立てることは基本だが、
一気にそれを解くのでなく(解けるわけもなく)、
自身で懐疑しながら、ああでもない、こうでもない
と粘りつつ匍匐前進していくようなイメージと
言ったら伝わるだろうか。
特に文系の場合、1対1対応の絶対的な答えなど
あらかじめ存在しない。
この地点に立脚すればこう言える、という限定
つきで、それでも仮の答えを出さねばならないのだ。
何だか「ないない」尽くしになってしまったが、
このような複雑さも、書き続けるうちに勘ができて
きて、進み方が体得できるものなのである。
やはりアカデミズムの世界も、上に行けば行くほど
「習うより慣れろ(己で)」となってくる。
難解さも、いわばエンジョイした者勝ち!
高度なゲームに興じるように、複雑さをたのしもう。

磯崎新(いそざきあらた)『北九州市立美術館』