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評価と向き合う

日本の大学入試として続いてきた「センター試験」 から切り替わった「共通テスト」の前期日程が、 先日、終了しました。 出題内容は、より考える力を重視するものとなり、 それに際し検討されていた記述問題は、今回は、 見送られたようです。 事物の流動性が、加速度を増している今日にあり、 暗記や選択でなく、論理的思考力を試す形式は、 方法として適切といえるのではないでしょうか。 大学入試に限らず、成長するに従い人間には、外側 からジャッジされる機会が増えます。 コンテストのように、優勝以外にも敢闘賞、奨励賞 等のもうけられている場とは異なり、勝ちと負け、 合格と不合格、また採用と不採用のように、両極の いずれかの判定が下されることは、多々あります。 では、もし不如意の結果が出た場合、どのように それと向き合うのか? 大切なのは、外側の評価に振り回されず、それを 自己評価と同等のものにしない態度でしょう。 大人数の学生が受ける一律の試験での結果は、 通過地点でありこそすれ、一生引きずらねばなら ない絶対的な評価ではなく、挽回のチャンスは 必ず巡ってきます。 たとえば、浪人をして、第一志望の大学を目指す のもひとつの手ですが、第二志望でもいったん入学 し、4年間猛勉強して、より高いレベルの大学院を 目指すという行き方も前向きといえます。 大学院ともなれば、専門性が増すので、一律では なく、自身の得意な分野で勝負に出ることが 可能となるため、いわば勝率が上がるわけです。 さて、留学生の大学、大学院入試もまだ続きます。 勝負は最後までわからないもの。 ベストを尽くし、難関を突破しましょう。 頑張れ、すべての受験生!

東北大学、大阪大学、東京大学には「多浪の会」なる ものが存在します。 「浪人」は失敗などではなく、それを哲学に結びつけ られれば、経験値も上がるのでは?

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