• 日本語空間

読書・読解・試験問題(1)


昨晩、ひさしぶりに、以前教えた生徒と電話で話しました。


出会いは5年前にさかのぼります。

彼女は中学3年生でしたが、本人の意思と関係なく、親の都合

で日本に来させられたため、当初は人を寄せつけない雰囲気を

漂わせていました。


休み時間になると、すぐにヘッドホンをつけて、こちらとは

目を合わせようともしなかった姿が、記憶に残っています。


しかし初級テキスト『みんなの日本語』の[2]に入るころから、

彼女は、おぼえた表現でポツポツ話すようになりました。


通学に時間がかかったため、通いきれなくなり、1年足らずで

自宅近くの教室に転入することとなりましたが、最後の作文では

「日本語教師になりたい」と書いていました。


彼女と再会したのは、その3年後です。

1年遅れで日本の高校に入り、3年を日本人の間で過ごした彼女は、

なめらかな日本語を話すようになっていました。


センター試験を受けて少しでもいい大学に入りたい、と話す姿には

たのもしさをおぼえました。

そして夏休みの間だけ、国語科目の現代文を教えることになりました。


彼女が克服しようとしていたのは、論理的な文章の読解でなく、

文学作品の読解でした。


暗記で何とかなる漢字や語彙の問題と異なり、登場人物の心情や物語

の背景を読み取ることは、文化的コンテクストに阻(はば)まれ、

困難だったのです。


1対1対応ですぐ解説できるようなものでないため、一緒に問題を

根気よくたどりながら、解き方のコツを教えました。

しかし、点数は容易には伸びず、夏休みはあっという間に終わりました。


その後も、彼女はセンター試験を受けることにこだわったものの、

結局、一浪が決定しました。

予備校に通っている間にも、連絡をしてきて、いろいろな質問(受験

対策にとどまらず、個々の大学の印象や就職について等)を受けました。


文学作品の読解については、結局、大変でも一定量以上の読書をしな

ければならない、というアドバイスをおこないました。

彼女も頭ではわかっていたと思いますが、私大の独自の試験方式と

異なり、科目の多いセンター試験に臨むには、現実的に時間が足りて

いませんでした。


紆余曲折を経て、彼女は今年の2月に、歴史のあるキリスト教系の

大学に合格しました。

最初に日本語を教え、その苦闘を知る身としては、わがことのように

うれしく思っています。


彼女の大学も、入学式が中止になり、授業も4月22日からで、すべて

オンライン方式だそうです。

私からのささやかな合格祝いの食事会も、延期しなければならなく

なりましたが、20歳になった彼女と今度会ったら、話したいことが

たくさんあります。











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