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調査報告(レポート)の先へ

授業とその準備をおこなっているうちに、1週間は

あっという間に過ぎ去る。

 

現在、日本での院試を控えている外国人学習者と、

研究計画書を作っているが、大学では卒業論文を

書かなかったので、そもそも学術的な「論文」とは

何かを教えることに注力している。

 

先に言ってしまうと、学術論文を「書く」その前に、

一定量の本を「読む」ことは基本中の基本である。

 

つまり、参考文献として、オンライン上で読める

20ページほどの「論文」等にあたるのはよいが、

それだけでは全然足りていない。

「本」単位のものに、目を通すのは当然だ。

 

大学のレポートだと、参考文献に「本」がなく、

論文やネットのあるページを使っただけでも、

通ってしまう場合があるだろう。

 

両者の違いは、「本」の方が、総じて長く、

それに関連して情報量も多いうえ、部分と全体の

関わりに複雑さをより有している点にある。

 

だが、それゆえに学術書は、読み切ることには労力

がかかっても、「情報」を抜き出すにとどまらず、

学知を豊かにすることと確実に結びつく。

 

具体的には、パースペクティブの広がりや、

教養の獲得、ロジカルシンキングを鍛えることなど。

 

再度言おう。

何かを調査して、まとめただけのものは、

レポートであっても論文ではない!

 

そのようなまとめレポートでなく、独自の視点、

仮説、理論的支柱を組み入れるためにも、

多種多量の「本」を読むことが求められている。

 

ただし、それは紙媒体でなく電子書籍でもかまわない

が…





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