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転換期の人間(1)「断層」

以前、日本で入学試験問題 ―― 日本人向けの「国語」や

留学生向けの「日本語」―― によく出題される作家に、

寺田寅彦(てらだとらひこ)がいる、と書きました。


寺田にかぎらず、近代の知識人が書いた文章は、読解問題

に取り上げられることがよくあります。


理由として、

1. 日本語表現の難易度が程(ほど)よい。

つまり、現在私たちが使っている日本語とまったく同じ

でないにしても、ほぼ理解ができるということ。

2. 近代における「教養主義」の重視が、現代まで持ち越され

ていること。

3. 近代が、時代の「転換期」として重要であると考えられて

 いること、等が推測されます。


日本の近代は、あえて元号で記せば※1) 、「明治」、「大正」、

そして「昭和」前半の約20年間にまたがっています。


そのなかでも、寺田のように日本の近代が明けてから10年後

(1878)に生まれた人間は、江戸時代の文化や精神の名残り

(なごり)をとどめた時代に幼少期を送り、まさに日本の

近代化とともに成長をしていったのでした。


1935年に亡くなる寺田は、いわゆる大正教養主義に関わり、

日本のモダニズムの爛熟期(らんじゅくき)にも立ち会い、

さらには、一見華(はな)やかなそのモダニズムが、

ナショナリズムに急傾斜していく場に在りました。


しかし、「文明開化」的事象を経験する一方で、寺田は、

士族であった父から、血縁の非業(ひごう)の死を聞かさ

れていたようです。


土佐(とさ)の士族だった寺田の父は、1861年に起きた

「井口村刃傷事件(いぐちむらにんじょうじけん)」に

おいて、切腹(せっぷく)を命じられた年若い弟に、

血縁者たちの前で介錯(かいしゃく)※2) をおこないました。


その事件により、寺田の父は、精神を病(や)んだといいます。


近世から近代へ。

時代の転換期に人生を送った寺田寅彦や、同世代の人間は、

旧時代と新時代の「断層」を、目(ま)の当たりにして

いたのでした。


※1) 個人的に、通常は西暦を使用しています。

※2) 切腹の苦しみを一瞬で終わらせるため、背後から

   首を切り落とすこと。














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