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迂回しながら行く

昨年急逝した恩師は、亡くなる直前、息子さんに

「自分は早く生まれ過ぎた」と語っていたそうだ。


家族との縁が薄く、人より早く自立しなければ

ならなかった恩師は、元々数学の分野に関心を

持ちつつも、結局文系の道に進んだ。

なぜなら、抽象的な命題に取り組むには、生活の

些末なことなどにかかずらってはいられないから

だと、聞いた覚えがある。


先日書いた「分別力」と「創造力」にも関わる話

だが、生きていくための糧をいかにして得、

生活を組み立てていくかは、身寄りのない恩師に

とって切実な問題であったに相違ない。


だが、実生活のやりくりに気を取られていたら、

集中度がより求められる抽象的な思考や創造力が

働きにくくなるのは必至だろう。


それでもどこか浮世離れしていた彼は、定年退職後

には、気兼ねなく好きな研究に打ち込んだ。


告別式の当日、主をなくした書斎に通してもらった

私は、そこで物理学の本を何冊も目にすることと

なる。


恩師は、現実の用からではなく、ただそうしたいと

いう気持ちから、一人で物理学をコツコツ学び直し、

何かを目指していたらしい。

そうして、新しい道の途中で力尽きてしまった。


学外で出会った先生で、研究の分野も完全に重なって

いたわけではないが、研究に功利的なものを求め

なかったためか、弟子を取らなかったその人は、

何かと私を気にかけてくれた。


研究者同士に大切なのは、ことばを交わし尽くすことで

なく、あるセンスを共有できることではないかと思う。


「早く生まれ過ぎた」と嘆いた恩師が抱いたのは、文系

の分野と理系の分野を行き来するような学際性について、

語れる相手がほとんどいなかったことを指しているのだ

と今なら理解できる。


かつてノーベル賞を受賞した日本人科学者が、後進の

者に、迷ったら人とは異なる道を行くようアドバイス

していたことを覚えている。

先人による研究の恩恵にあずかりながらも、群れずに、

迂回しながら考えること。


文理の別や領域をたがえていても、研究の核となるもの

は、このような姿勢であることを、彼は背中で示して

くれた。



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