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離れたもの同士を結ぶ

論文の指導をおこなっていると、自分自身の研究と

は異なる分野の本を大量に読むこととなる。

それが、非常に知的な刺激をもたらしてくれる。

単に、知識の「量」が増えるというのではなく、

小さな点がつながっていき、線となっていくのは

ありがたい。

一見固有に見える事物も、そうして普遍的な性格を

帯びていくのである。

研究対象を「近視眼」的に眺めていると、研究の

スケールが小さくなり、広がりもなくなってしまう。

さらに困ることには、自分自身が行き詰まりをおぼえ、

自信をなくしてしまうのだ。

あえて極端にいえば、森羅万象の中から、こだわり

選び取った一つのテーマを、窒息させないようにする、

また蘇生させるにはどうしたらいいか。

それは、対象との距離をはかり、己の立ち位置を不断

に確認し続けることである。

基本的には、モチーフを、何の疑問も持たず、近い

ところでばかり結びつけないこと。

もしかしたら、ずっと遠くにあるものと、何かしらの

因果関係が見出せるのではないか? と疑うこと。

と、こう書くのは簡単だが、実際に絶対的な手本も

ないので、最後は自身で大海に漕ぎ出さねばならない。

離れたものを結びつける営為は、一定以上の訓練を

経た研究者でなければ、容易ではないが、考え方は、

大学の卒業論文レベルにも応用できる。

長い論述をした経験自体がないと、とりあえず「字数

で稼ぐ」、つまり論文としての精度は低くとも、

最低限の字数を満たし、何となくつないだ文章で

切り抜けようとしがちだ。

どうしても時間的な余裕がなく、パスすることだけ

が目的なら、無理には勧めないが、そのような時には

視野が狭くなっていると考えられるので、少し距離を

置き、自分自身が書いた文章を眺めてみるのがよい。

それから、枠を少し広げ、関連するものを外側から

取り込み、結んでいく。

そうすれば、自然に字数も増え、文章に流れや展開が

備わっていくはずだ。

このような思考方法は、こと論文に限られはしない。

学業や仕事等の人生の局面で「一巻の終わり」と

思われる局面は、ほとんどが終わりではなく、その先

へと開かれている。


一歩後ろに下がり、パースペクティブを広げ、遠くに 偏在するものを招来してみよう。

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