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遠心性

心が晴れないときは、あえて目的を持たず、街に

出る。


港都とも称される当地は、東京(江戸)のごとく

都市計画により創成された「伝統都市」ではない。

それが歴史の偶然から、帝都に先だち開港された

ことで(1859年の衝撃!)、近代のエネルギーを 吸収し、隣り合う区域が統一性をもたないまま いわばspontaneousな勢いで発展していった。


なかでも特徴的なのは、新旧のランドマーク的な

建造物が、“海”に向き建っていることだ。

それは、とりもなおさず遠心的な力を象徴している

のだろう。


近年に開発された臨海地域は、近未来都市的な風貌

であるが、駅を隔てた反対側の地域には、昔ながら

の下町情緒が漂い、戦前から続く老舗(しにせ)も

少なくない。


さらに歩けば、チャイナタウン、そこを越せば瀟洒な

店が立ち並ぶ通りがある。

ショーウィンドーに「舶来品(はくらいひん)」など

と書かれているのは、戦前の感覚の名残か。


「舶来」ということばは、私自身使ったことがないし、

誰かが口にしているのを聞いた記憶もない。

しかし、当時「舶来」つまり、外国から船舶(せんぱく)

で運ばれてくる品物といえば「高級品」を指したのだ。


そういえば、当地は、ジャズ喫茶が多いことも特筆

すべきで、先述の下町には、日本で最古のジャズ喫茶

が現存する。

創業者は、1913年生まれで、外国人居留地の貿易会社 に勤めたのち、1933年にその店を開いた。

「音を聴く為の店づくり」を続け、若い才能を世に送り

出すべく奔走し、ジャズを広めるためには、見返りなど 一切求めない人物であったという。 私は、ジャズをほとんど聴かないし、まったく同じよう にありたいとは思わないが、満ち足りた人生だったに ちがいないと、憧憬の念が浮かぶ。

地縁・血縁は、自身で選ぶのでなく、おのずと生じる もので、それ自体は特別な関係ではない。 しかし、「近い」がゆえに執着し過ぎると、求心的な 磁場に囚われてしまう。


外国人や他所から流入したひとたちが共生する港町

には、それとは対照的に、遠心的な力学がはたらいて

いると感じる。


ヴァルター・ベンヤミンのいう「気散じ」のごとく、

多彩な織物めく街を遊歩しつつ、視線を一か所に固定

させず解き放ってやることで、自由の空気を吸おうと

試みるのだ。



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