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  • 日本語空間

共振

前回のブログで、自身は飲めもしない酒の比喩を

用いたが、「美酒」といえば連想するのは、

漢文で習った「涼州詞」だ。




実際に、戦争(この時代は「いくさ」と呼んだ

方がぴったりする)は悲惨なものだが、極限状態

に臨んだとき、ある者は動揺もしなくなり、

突き抜けた境地で眼前の世界を眺められるように

なるのだろうか。


時間と空間をたがえて、近代の戦争でも、若い

兵士が「涼州詞」とも共振するような感慨を

手紙に綴っている。


いくら家族を守るためとはいえ、敵を前にしたら

残忍にもならざるをえない人間が、一方では

これほどこまやかに残された者を気遣うことが

できる。

かかるアンビバレンスに名状しがたい思いを

覚える。


それは死を前にして、自身の側から世界を見る

のと同時に、世界の側から自身を見ることに

よるのだろう。



「18歳の回天特攻隊員の遺書」

お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。 胸は日本晴れ。 本当ですよお母さん。少しも怖くない。 しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しく

なってきました。 それは、今日私が戦死した通知が届く。 お父さんは男だからわかっていただけると思います。 が、お母さん。お母さんは女だから、優しいから、涙が出る

のでありませんか。 弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。 お母さん。 こんなことを考えてみましたら、私も人の子。やはり寂しい。 しかしお母さん。 考えて見てください。今日私が特攻隊で行かなければどうなると

思いますか。 戦争はこの日本本土まで迫って、 この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから私が行くのですよ。 母さん。 今日私が特攻隊で行かなければ、年をとられたお父さんまで、銃を

とるようになりますよ。 だからね。お母さん。 今日私が戦死したからといってどうか涙だけは耐えてくださいね。 でもやっぱりだめだろうな。お母さんは優しい人だったから。 お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。 私が一番怖いのは、母さんの涙です。

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