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C判定から逆転をめざすー投稿論文をめぐってー

昨年末、外国の研究所に投稿した拙稿の掲載された学術誌が、

昨日ようやく届きました。


現物を目にし、よろこびをあらたにすると同時に、次は、

どこへ投稿しようかという思いが浮かびました。


執筆中はあまり余裕がなく、完成直後は、けっこうよく書けた

のではないかと感じていた(うぬぼれていた?)論文が、査読を

パスし、活字化されると「まだまだだな」と反省される…


こんなことの繰り返しです。


数年前、博士課程に在学中のころ、大学院生向けに開かれた

投稿論文に関するセミナーが、いまだに記憶に残っています。


アカデミックな機関においても、就職の厳しい時代、

いかに論文の査読をパスし、業績を増やすかという秘訣を、

博士課程を修了して間もない先輩が教授するというものでした。


その人たちは、すでに非常勤として大学などで教える身でしたが、

学生時代からあまり時間を経ていないため、ベテランの先生の

いうこととは一味違うリアルさが感じられ…


特に、査読の評価が厳しくても、一々落ち込む必要はない!

C判定なんて普通で、A判定をもらえる完全無欠の論文の方が

ほぼないということばには、勇気づけられたものです。


学会や、学術雑誌により、評価の仕方はさまざまですが、

・A判定は、無修正で掲載。

・B判定は、修正後に掲載。

・C判定は、修正後に再審査。

D、E以下は掲載不可。

というパターンが多いようです。


私は、これまで海外に5回投稿しましたが、総合評価での判定は

ありませんでした。

3人の査読者がいて、2人が高評価、1人が低評価までいかずとも、

この点はいかがなものか? とダメ出しするようなパターンが

多かったです。


けれども日本と異なり、与えられる修正期間が非常に短いため、

すべてに対応していたら、いったん完成した形がくずれてしまう。

そこで、腹を括り、指摘された点の修正は最小限にとどめるように。


この経緯をふまえ、結果として、投稿した論文の掲載はすべて可能

となりました。


研究者として修業時代にある学生は、ほめことばには舞い上がり、

キツイ批判にはしゅんとなり、一喜一憂…


しかし、審査員は絶対的な存在ではなく、投稿先との相性も小さい

問題ではありません。


それゆえ、臆さず!ひるまず! 論文の投稿を繰り返すことで、

確実に自分自身の総合力が上がっていくといえるのです。












掲載が決定するまでは、まったく気を抜けない…

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