コロナの収束(「終息」ではありませんが)が、感じられ
るようになり、今年度における入試の最終結果も、そろそろ
出揃うためか、ここにきて依頼が増えています。
なかでも、社会人の方からの問い合わせが続いていて、私自身、
少々驚いています。
以下、参考までに例を。
◆Aさん
大学卒業後、自国で働いてきたが、今春から日本の会社で働く
ことが決まっている。
英語を使用するので、日本語学習は、まだ始めていない。
仕事での専門に関係する日本の大学院へ進学し、博士課程まで
修了できればと思う。
会社に了解を取りつけて、働きながら学びたい。
最終的には、大学で教鞭を取ることが希望。
◆Bさん
現在、日本の会社で、日本語と英語を使用し勤務している。
専門性が高く、海外とのやりとりも半分を占めるため、
日本語能力はN2。
仕事に支障がない範囲で、専門とは別に、日本の大学院で
MBAを取得したい。
最終的には、会社を経営することを希望している。
◆Cさん
大学卒業後、自国で働いてきたが、スキルアップのため、
日本の国立大学院で研究生として1年を過ごした。
今春、めでたく試験に合格し、同大学院の修士課程へ進学
が決まった。
一応N1は取得しているが、研究生の授業でも、理解でき
ない点が多々あったため、アカデミックジャパニーズを
強化したい。
大学は、卒業論文でなく卒業制作であったため、論述経験
がとぼしく、日本語での修士論文の執筆にも不安がある。
ちなみに、AさんとBさんは理系。Cさんは文系(芸術系)です。
以前は、1年でも早く卒業して就職し、安定した生活を送るの
がよい、という考えが主流でした。
しかし、一般の価値観が多様化するにつれ、単に「大学名」や
「若さ」ではなく、中身、特に「経験値」が重要視される
ようになりました。
つい先日、政治家の発言中、「わきまえる」ということばが、
ただしく批判されたのは、その証左でしょう。
→こう「あるべき」の強制に対する「No!」
18歳で大学に入学、22歳で卒業後、すぐに就職し、安定した
人生をずっと送るのも、本人が納得しているなら、もちろん
良いことです。
しかし、「横並び」しか許されなかった生き方が、国を問わず
再考され、人々が柔軟な生き方を模索していることを、今、
つよく感じます。
- 日本語空間