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  • 日本語空間

雄弁に語る

私は、自身が研究する時代を、近代に定めている。

近代は、大きな戦争をはさんでいるとはいえ、

現代と地続きになっており、古過ぎず、新し過ぎないと

いった意味でも、考察をおこないやすい。


この時代、知識人と呼ばれたひとが書いた文章を読むと、

しばしば、その上手さに感心させられる。


マーシャル・マクルーハンいわく、テクノロジーの進歩

により、人間の身体能力は「拡張」された。

だが、その反面、失われたものも大きいに相違ない。


今日であれば、ワープロを用い、リライトがいくらでも

可能なため、後で直せるという気安さがどこかにある。


対照的に、この時代は、ペンによる手書きだったこと

から、書くことに対しより緊張感があったと想像される。


現在、授業の一部で、学習者の方に書いてもらった短い

文章を、1センテンスずつ説明をおこないながら、

添削している。


通常は、もっと長くまとまった文章を、 ファイルで

送ってもらい、私が添削したものを送り返す形式なので、

これは新しい試みだ。


短文というのがポイントで、そうすれば心理的負担も軽く、

まずは、書き出し始められる。

そうして、マンツーマンで、細部にまで直しを入れ、同時に

質問も受けつけるので、着実に文章力が身についていくと

いう仕組みだ。


最近増加している社会人学生は、大学院では、ほとんどが

実学方面へ進む。

その方たちの特徴は、キャリアを積む過程で得た明確な

ビジョンはあるものの、日本語で長い文章を書いた経験が

ないという点だ。


それで、自分では、書けないのではないかと一瞬思って

しまうようだが、いざ書き出してみると、皆さんけっこうな

長さの文章を書くことができる。


大切なのは、細かい間違いなど恐れず、アウトプットする

こと!


上述した方たちは、一方で、ほれぼれするほど雄弁に、

日本語で自身の考えを語ることができる。


自身のビジョンがあり、語りたいことがある、これだけで

もう論述は、半分成功したようなものだ。


そういえば、現在、世界的な注目を集めているロシアの駐日

大使が、時局をめぐるインタビューに対し、実に流暢な日本語

で受け答えしているのを、一昨日の動画で見た。


文法や語彙の正確さは無論のこと、実にこなれた表現を使い、

時に力強く反論したり、主張したりする。


学術、ビジネスどちらにも有用な端然としたことば遣い。

普通の日本人は、到底及ばないのではないか…と、思わず

唸ってしまった。


雄弁に語れるひとは、論述においても、習熟が早いと断言 しうる。

「日本語空間」では、これからも書きことばの振興を図って

いきたい、と切に希望している。






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