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何をなすべきか

先日、恩師が主催する研究会の会報が送られてきた。

心当たりがなかったので問い合わせをしたが、過去に

発表をした人全員に、送られるものだとのことだった。

その前の号は送りそびれたらしく、時間が空いて届いた

新しい会報を、ありがたく拝読した。


会報だけでなく事務的な書類のやり取りにも、使用済み

の封筒を使い、郵送してくる恩師である。

こう書くと倹約し過ぎと思われるかもしれないが、

たまに会食したときには、会計を先に済まされ、こちら

の分を受け取ってくれない。


心ばかりのお礼を差し上げても、また何かを返されるので、

どこでお金を使うべきかを心得ている身ぎれいさに、

恐縮しつつ、反ブルジョア的心性を見事だと感じる。


そうであれば、私は黙って後進の者へ、折に応じ何かを

ふるまうべきなのだろう。


数年前、学内でなく学会を通じ知り合った恩師は、当時

すでにいったん大学を定年退職し、名誉教授になられていた。


しかし変わらずにかくしゃくとして、一昨年、昨年と

立て続けに自著を出版した。


「何を書くか」という以上に「どう書くか」ということに

こだわる私は、恩師とは対照的なタイプで、速筆にはくみせ

ない部分がある。

そうできない、というよりは、そうしたくない、というのが

当たっているだろう。


先日、日本の高齢者が元気だという話をしたが、めざましい

経済成長を身をもって体験した世代は、他の世代よりも活力

に満ちている。


迷いなく書き、発表し、研究者たちを束ねる恩師は、我が道

を邁進。

一方、沈思黙考を糧とし、漸進的に進みたい私は、未だ成長し

切っていないような気もするが…


私は私。

すべての事象を自明としては受け取らず、「何をなすべきか」

の問いを手放さず行こう。

























   


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